浮かんだのは、憤り。
無邪気に僕を煽っておきながら、彼女は本当にはその言葉の意味を知らなさ過ぎる。
僕が抱いている、劣情を……君は知らない。
〜 ノクターン 〜
「大丈夫よ、協力する」
彼女の厚意から発せられただろう言葉に、彼女自身がハッと強張ったのが分かった。
冗談だと慌てて訂正するその仕草さえ抑制には繋がらない。
開目するなつきにキスをして、貴水はもうダメだと思った。
「小夜原さん、迂闊〔うかつ〕だよ。君は……冗談でも、そんなことを言ったらダメだ」
迷うようになつきは目をさまよわせたが、唇を囚われ、強く自由を縛られると貴水が触れるところからびくんびくんと反応して、息を乱していく。
薄闇の中、映し出された彼女の裸体はやっぱりキレイで魅入ってしまう。
息をするたびに蠢く喉元。
白い肌に浮き出た鎖骨。
美しい曲線を描いたしなやかな身体。
月の光に露になった二つのふくらみは、触れればマシュマロのようにやわらかく形を変え、ほのかに甘い匂いがする。
ツ、と視線を滑らせると彼女と目が合った。
「や……っ、千住くん!」
真っ赤になって激しく抵抗するなつきに、貴水は思いやる気持ちが起きなかった。
彼女の自業自得だとさえ、思う。
その理性を狂わせるあられもない姿を晒しておきながら、どうして無事でいられると思うのか。
最初の記憶があるだけ、彼女の無自覚な誘惑は強烈だった。
だから、告げる言葉もひどくぞんざいになる。
「だから、遅いんだよ。小夜原さん」
と、貴水は自分でも最低だと思いながらなつきをベッドに押し倒していた。
怒ったなつきの顔に、嫌われたかと自嘲した。けれど、彼女が発したのは まったく 違う憤りだった。
「千住くんも脱いで欲しいの……全部――」
朝。
気がつくと、カーテンが開いたままだった。
薄暗い夜明けの光が差し込んで貴水は隣のなつきに目をやった。
乱れた長い黒髪と、行為のままの何も着ていない姿。
スヤスヤと無防備に眠る様子は、しばらく目が覚めそうになかった。
昨夜のことを考えると、当然という気もする。
ベッドの端に腰を下ろして、手馴れた身支度を終えると……なつきの長い黒髪を指で梳いた。
気だるい疲労感は不快ではなかった。むしろ、何か満たされたような不思議な充足感があって、久方ぶりに心地いい眠りに落ちた。
「小夜原さん、僕はもう手放せそうにないんだ――」
君という存在を。
彼女のおだやかな寝顔に苦々しい気持ちになって、貴水は(小夜原さんだって、悪いんだよ)と言い訳じみた弁明をする。
悲痛で甘美な音色。
規則正しい、生きている証。
貴水は静かにベッドを立つと、彼女を起こさないようにカーテンを引いて部屋から出ていった。
fin.
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