本当にバカなのは、遥じゃなくてわたしの方……でも、西野だって悪いんだから。
わたしのせいばかりじゃない。
ううん、全面的に 西野 が悪いに決まってるわ。
「 捕まえた 」
わたしの腕を掴んで、西野が言った。
でも、わたしにだって意地がある。
「人違いです」
そりゃあ、苦しいって分かってるわよ。
でもね。だからって、そんなにウケることないじゃない――。
わたしの冷ややかな視線に気づいたのか、西野はくすくすっと笑ってみせて、頷いた。
「オッケオッケ、人違いね。それはいいとして、付き合わない?」
と、言うやわたしの手をとる。
「ち、ちょっと。何よ……誰でもこんなふうに誘うのね」
「ふふーん、まあね。でも、君は トクベツ だよ」
「どうして?」
まったく、彼の行動は理解不能だった。
ニヤリ、と笑うと西野は握る手の力を強くする。
(何よ、痛いじゃない……)
「 君は、俺の好きな娘によく似てるからね 」
あ、あれ?
今、すっごく奇妙なことを聞いたような気がするんですけど、気のせい?
「なーんて、赤の他人に言ってもね?」
「ほ、ほんとにね」
とりあえず、調子を合わせていると西野がふいに真剣な声で耳元に囁きかける。
「あのさ。君って本当に、俺の好みなんだ。ココもココもまるで伶みたいだよ」
とか言って、さわさわと胸やら喉やらに手を這わせてくるから困った。
ど、どう反応したらいいのかしら?
赤の他人として――。
「 雅弘 」
わたしが苦悩していると、後ろから聞き知った人の声が咎めるように西野を名指しした。
「親父」
名残惜しそうに西野の手が身体から引いていく。
わたしの姿を確認した西野の父親は、天〔あめ〕遺跡博物館の館長だった。
口髭を蓄えたロマンス・グレーなおじさまで、どことなく目元あたりが西野のそれに似ていた。
「伶ちゃんか……いつも息子が悪さばかりして申し訳ない。雅弘、せめて同意を得て人目のない場所を選べ」
待った、と西野は父親の説教を右手で止めて「ちがうちがう」と笑った。
企むように、わたしに流し目をかけてくる。
「伶じゃないって、他人の空似なんだよ――彼女」
西野の話に、館長は明らかに呆れていた。
どう見ても、わたしのことを「飛木伶」と認識した目で肩をすくめてみせる。
「また、おまえたちは妙なことを……いや、構わないよ。新しい遊びなのだろう?」
「ちがうって、本当なんだよ。な?」
「そうよ」
って、何言わせるのよ。
おじさまの目が、わたしを不審そうに眺めてるじゃないの。
「――とにかく、博物館でイチャつくのは遠慮しろ。公共施設なんだからな」
「はいはい」
西野は手をヒラヒラとかざして、父親を見送るとわたしを見て言った。
「アレ、俺の父親。ここの館長してるんだ」
「 ……… 」
ワザとらしいにも、ほどがあるわよ。
でも、そこが西野らしいと言えば西野らしくて――思わず、わたしは彼の悪ノリに一日、相手をしてしまったわ。
夕方。マンションに戻って、ふと何かを忘れている気がしたんだけど。
……一体、なんだったかしら?