健全な男子高校生が集まれば、こういう会話になることもよくあることだろう。
「オレは断然、一年の春日唯子〔かすが ゆいこ〕ちゃんだなあ。やっぱ、可愛いしスタイルもバツグンだしさ」
「まあなあ……僕は汐宮さんかな。落ち着いてて、綺麗だし、あの目がたまらんと思うよ」
自分の好みの女の子を挙げては、それに対して同意をしたり反発したり、鳴海広之〔なるみ ひろゆき〕は友人のそんな会話を片手間に聞き流しながら、「不毛だなあ」と笑う。
すると、会話の中心にいた二人がムッと睨んだ。
「なんだよ、鳴海。ノリ悪いな」
「そーだそーだ」
「だってさ、春日さんも汐宮さんも 彼氏 付きだろう?」
〜 鳴海広之の場合 〜
一年でピカイチの美少女と誉れ高い春日唯子には、三年の美術部部長だった三崎純也〔みさき じゅんや〕が。
校内随一の美女である汐宮清乃〔しおみや きよの〕には、生徒会長の名越真希〔なこし まき〕という立派な 相手 がちゃんといる。
友人二人はイヤーな顔を広之に向けて、
「そーいう興ざめさせるようなことを、思い出させるなよ。つーか、彼氏がいても分からんだろう?」
「そーだそーだ」
コクコクと相槌を打つ相方に気分をよくして、さらに続ける。
「春日さんの彼氏は三年だから、確実に距離は離れるし。汐宮さんなんて、会長の彼女におさまっても引く手数多の呼び出し受けてるみたいだしさ」
「そーだそーだ。別れるに決まってる!」
「……そんな、他人の不幸を考えるモンじゃないよ。二人とも」
まるで、有無を言わせない柔和な微笑みで黙らせると、渦中から身を退く。
が。
そこにいた、友人たちが許さなかった。
「……ちくしょー。鳴海、じゃあおまえは誰がいいんだよ? ぜってー、吐かせる!」
「モテる奴はよりどりみどりで、いいよなー」
「そうそう、真鍋〔まなべ〕の奴もまた別れたみたいだし……またすぐ、次が見つかるんだろうけどさ」
「くそー、羨ましい……」
段々、愚痴っぽくなってきた彼らの追及に、広之は困惑した。
「俺は、べつに――特別、いいって思う子はいないけど?」
「なにー?!」「許さん!!」と怒号が響き、突っこまれる。
「さては、アレだな。隣の家の山辺だな? ちょーマニアック!」
唐突に出てきた名前に、そこにいた全員が「それはないだろ?」と失笑した。
「なんつーか、地味だし」
「喋らないし」
「俺、あんま記憶にないわ。山辺ってどんなオンナだっけ?」
「んー。ブサイクじゃないけどさ、それだけって感じだよな」
聞き流しながら、広之も友人たちの評価に一定の支持を示していた。
(まあ、そうだろうな。俺もそう、思うし)
「でもさ。従順そうだし、何しても黙ってそうなところはちょっとそそるかもよ?」
一人が口にした言葉に、周囲が「どういう意味だよ」とニヤニヤと笑う。悪ふざけの入った、タチの悪いものだ。
「アレする時も、我慢してくれそうじゃん」
(アレ、って何だよ……)
広之は、ムッとした。
彼らが、山辺志穂〔やまべ しほ〕を そういう 対象として話をすることが許せない。
「俺。山辺のああいうウジウジしたところ、嫌いなんだ」
苛立ちも露に吐き捨てて、遮る。
気分が悪い。
それもこれも 大人しすぎる 彼女の 性格 が悪いんだ、と広之は舌打ちした。
*** ***
「いやっ」と初めて抵抗した彼女は、手がつけられなかった。
カーテンで広之を遮断すると、蚊が鳴くような小さな声で訴える。
「イヤ、嫌なの。……鳴海くん」
今更、とも思える言葉だった。
なぜ、今、そんなことを言い出すのかと考えて、思いつくのは昼間の出来事くらいだ。
「……可奈美が何か、言ったのか?」
正直に志穂が答えるとも思えないが、訊いてみると予想通り彼女はかぶりを振った。
「そ、そんなんじゃないもん。もともと、変、でしょう? こういうの……好き、合ってもいないのに」
(好き、合ってもないのに――ね)
その通りだと、広之は鼻で笑った。そして、腹が立つ。
「確かにな……志穂は、淫乱だものな」
ちがうもん、と彼女は否定したが、それを真に受けるほどおめでたくはできていない。それなら、どうして……問い詰めてやるまでだ。
「じゃあ、なんで今まで俺に許してたんだ? 何しても嫌がらなかったクセに」
「……鳴海くん、だから」
返ってきた返事は、まったく答えになっていなかった。
「志穂、それ、答えになってないから」
(俺だから? どういう意味だよ……)
呆れて、次に跳ね返ってきた彼女らしからぬ強い語調に驚いた。いや、それ以上に驚いたのはその「答え」に、だ。
「……鳴海くんだから。いい、と思ったんだもん!」
「え? はぁ……あ? ……そうなの?」
ポカン、となっているのが広之は自分でもわかった。
「普通、そうなんじゃないの? わたしだって、……女の子だもん。でも! もう、いいから」
カーテンの中で、おそらくは決死の覚悟でいるだろう志穂を眺め、逆に冷静になっていく。
「志穂」
抱きしめたい。
でも、できなかった。
「来ないでっ、触らないで! もうキライ!! キライになったから……いいの」
大っキライになったの、とカーテン越しに彼女の声が悲痛に叫んで、広之が触れることを拒絶する。
「……よくない」
(全然、よくないだろ? 少なくとも、俺は――)
と。
手のひらを握り締め――。
今は、まだ、志穂に触れてはいけないのだとなけなしの理性で広之は自制した。
次の日、仁木可奈美〔にき かなみ〕を放課後の教室に呼び出して、契約関係の清算を願い出た。
もともと、志穂との関係を知られたための「ギブ・アンド・テイク」の関係だから、後腐れなど何もない。彼女の方は、少し違ったようだが――。
「話していい、ってどういうこと?」
驚愕した可奈美は呆然と呟いて、広之を見る。
「そのまんまの意味だよ、隠す 理由 がなくなったから」
「なんですって?」
「だから――」
いい加減、しつこい追求にウンザリする。
「――隠す理由がなくなったんだよ。俺たち付き合うことになったから」
「 ! 」
ビクリ、と教室の窓にかかっていたカーテンが、動いた。
「志穂、聞こえた?」
広之がそのカーテンをめくれば、そこには山辺志穂が突っ立っていて、「え?」と彼の顔をぼんやりと仰ぐ。
彼女からすれば、いつものようにカーテンに包まってズンドコ深いトコロまで落ちこんでいただけ、だったのだ。そこに、広之と可奈美が入ってきて、件〔くだん〕の話になり、出るに出れなくなった。
真っ赤になると、カーテンに顔を隠そうとして遮られる。
「あ、あの。鳴海くん……どういう、こと?」
はー、と息をついて、広之は懇々と言い聞かせるようにゆっくりと言った。
「俺、今、すっごく簡単に伝えたつもりだけど? 付き合うって、普通、そういうことじゃないの?」
「え?」
そういうこと、とは?
すぐには理解できない志穂は、ぐっと眉間にシワをつくって悩む。
やれやれ、と広之はコツンとおでこをぶつけた。
「俺は、志穂が好きだって言ってんの。バーカ」
ええっ?! と、そこにいた女子二人が動揺して、男子一人が苛め甲斐のある好きな女の子の方にデコピンをくらわせた。
>>>おわり。
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