家に代々仕える主治医から処方してもらっている 白い錠剤 を汐宮清乃〔しおみや きよの〕は呑んだ。
「ピル」と呼ばれる女性用の避妊薬で、女性ホルモンである黄体ホルモンと卵胞ホルモンを摂って妊娠期間中と同じ状態にすることにより排卵を抑制する、というもの。排卵がなければもちろん、そういう 行為 をしても妊娠をすることはない。
とは言っても、「絶対」ではないけれど。
基本的に休薬日以外は毎日の服用を強いられるし、薬が体に合わなければ吐き気や頭痛になることもある。
清乃の場合は、もう長い間服用しているから気分が悪くなるということもないし、面倒だとも思わない。
「……でも」
最近は、よく思う。
コレをやめたら、どうなるだろう。
初潮がきて間もない頃、母から強く勧められた。だから、清乃は月一にやってくるというその感覚を本当には知らない。
けれど、もしかしたら……それが来る前に、出来てしまうのかもしれないと微笑んだ。
真鍋耀〔まなべ よう〕は清乃とする時、中でたくさん出すクセに あまり 避妊をしない。清乃が避妊薬〔コレ〕を服用していると知っているせいもあるが、彼は元来、そういうことにあまり関心がないらしい。
出来ていようが、いまいが、彼にはどちらでもよくて。
束縛されることは嫌うクセに、真面目だから求めれば親になることも 案外 厭わないかもしれない。
ただ……そこに「愛情」が伴うか、というと 期待 できないというだけで。
(彼の子どもを――つくってもいいのだけれど)
「 まだ、早いかしら? 」
と、清乃は薬の入ったケースを仕方なく鞄の中にしまった。
〜 汐宮清乃の場合 〜
生徒会室の椅子に座って、外を眺めていた 彼 が彼女を見た。
「 は? 」
にっこりと笑って、清乃はその明らかに不愉快そうな真鍋耀に向かって答える。
ようやくこちらを見てくれた、と思えば、彼は自分に対して 嫌悪 しか示さない。どちらかと言うと、耀は真希の「 彼女 」というポジションの清乃を好む。それは、幼馴染の彼らとの年期の違いなのかもしれないが、彼女とって新鮮なことだった。
男性から、嫌われたことがない。
それが、清乃に同性の敵が多いことの大きな要因でもあった。
彼女の気持ちなどお構いなしに彼らは気持ちを向けてきて、清乃の心を縛りつけ、たくさんの見えない傷をつけた。もうどうでもいい、と投げやりに思うこともしばしばだったが……今はなんとなく、彼らの気持ちが解かる。
「母が貴方にお礼を言いたいと……助けていただいたので是非」
「 別に、いらない。礼ならおまえがしに来たじゃないか、それで 十分 だろう? 」
冷たく見返すその黒い瞳に わたしを 映して欲しい。
もっと、情熱的に。
もっと、心に縛りつけて。
もっと、――
「そう。残念ね」
息をついて、清乃は当初の予定通りに真希へと懐柔の矛先を変えた。
他の男ならば、陥落させるのは容易い。というか、清乃が望む望まないに関係なく……彼らは 勝手に 好意を抱いてくるのが定石だ。
意識しないで それ なのだから、わざと そうと 仕向ければ落ちない男はいない。
(――そう、あの人以外はこんなにも 簡単に 手に入るのに)
唇に触れたかすかな感触に、どういう顔をしたのかわからない。
けれど、清乃を見下ろした真希の表情は曇って、「ごめん」と謝ったから……彼に罪悪感を抱かせるような顔をしていたのだろうか?
「いいのよ、だって付き合っているんですもの」
そして、誘ったのは 確かに 自分だと自覚している。
ここは、縁側のあの場所からよく見える。母に付き合っている、と信用させるには これくらい を見せなければ役に立たない。明らかに、母は耀に関心を抱いていた。
真希よりも、耀に牽制をかけたのが何よりの証拠。そして、真希よりも耀に好意を持ったのも 確か だ。
母として娘を心配しながら、女として誘惑する……彼女が清乃の好みを知っているのは、男の趣味がよく似ているせいだ。
(今だって、きっと耀のそばにいる――)
「でも、きみは……耀のことが」
「彼のことは、好きよ。でも、名越くんのことも 大切な人 だと思ってるの」
そう、とても大切な役目があるから手離せない。
「 本当よ? 」
キスくらい、なんでもない。あの人の瞳に映るためなら、誰とだって寝てもいい。
真希は清乃の顔を覗きこんで、嬉しそうに微笑む。
「 うん。ありがとう 」
それから、すぐにやってきた母・君枝に二人はつかまった。庭先でキスをしていたのを、やはり見られていたらしかった。
途中から叔母の愛美も加わって、真希にあれやこれやと問い詰めていくのを清乃は眺め、不自然に思われないように切り出した。
「あ……」
「どうしました? 清乃」
「着物に泥が……着替えてきてもいいかしら?」
裾についたそれを見せて言うと、君枝は眉を寄せた。
「仕方のない子……自分で始末をつけるのですよ」
「はい」
頭を下げて、場を辞する。着物を素早く着替えると、泥の跳ねたそれを手早く処理して部屋を出る。
縁側の角まで来ると、そこには立ちすくんでいる人影があった。
「多恵さん」
「きゃっ!」
後ろから声をかけられ、素っ頓狂な声を上げる。振り返った叔母の娘である彼女は中学生で、私学の女子高付属に通っている。
「なに、してるの?」
「あ、あの。君枝叔母さまに案内するようにって頼まれたんですけど……わたし、怖くって」
普段、身近に男性らしい男性がいない生活をしている少女からすれば、確かに彼の大きながたいは恐ろしい化物に見えるのかもしれない。
清乃にとっては、好都合だった。
くすり、と笑って「じゃあ、わたしが代わるわ」と買って出る。
「で、でも――」
「あの人はわたしの友人だし……お母さまには黙っておくから、大丈夫よ」
パッ、と顔を上げた少女は心底、助かったと頷いた。
「真鍋様、ご案内いたします」
縁側から外を眺めていた彼は彼女の声にふり返り、……「ああ」と誰も映さない眼差しで返事をした。
*** ***
母屋から渡りを隔てた側室。
押し付けられていた壁から、ズルズルと背中を滑らせて畳に足を崩した清乃は座る力さえもなく、その畳の床の上へと頬をつけた。
酸素を求めて、大きく胸が上下する。
ぐずぐずの下半身から、彼の精が出てしまいそう。
そう思うと、勝手に体が動く。
(ダメ……そんなの、ダメだわ)
着物の下の足を摺り合わせて、少し離れたところで後始末をしていた耀へと目を向ける。
睨みつけるようなその眼差しに、ふたたび発情して火照る体。
ダメ、帰さない……まだ、――足りない。
彼は舌打ちしたようだった。
乱暴に清乃の体を畳に転がした耀は覆いかぶさって来ると、彼女の膝を大きく割って溶け出す中心を暴いた。間髪を入れずに、挿しこんでくる。
「アアッ」
誰も映さない黒の瞳に清乃の嬌態が映って、悦びをあらわにする。
いつだって優しくはしない耀との交わりは、彼女の纏う着物をただの布に変えていく。彼女の華奢な肩と腕、腰帯に引っ掛かっているだけの布……揺らされるたびに胸が開いて、白い肌とやらしく色づいた先が現れる。
男を受け入れ開いた膝は立って、彼の腕によってさらに大きく外側へ折られた。
「あっ――」
深く繋がって、互いの熱を感じながら二人の感情は別物だった。
「バレたらどうするんだ? こんなところで、こんな……俺が言うのもなんだが、見られたら 面倒 だろうな」
腰を激しく動かしながら口にするのは、まるで他人事のような 彼らしい 睦言。
同類であり、異質な感情の持ち主が揺さぶる快感。
「そう、ね……でも、あんっ、平気、よ」
バレたって、かまわない。
「平気? どこが?」
呆れたように、わざと彼女の「平気じゃない」場所を責めたてて耀は喉を低く、鳴らした。
「合意じゃない、なんて 方便 は通用しない……こんなに悦んでおいて、どうするんだ?」
どうもしない。
と、首を振った。
けれど。
いま、言葉にするのは難しかった。
「あっ、い……ッ!」
快楽と痛みの狭間。
少し、無茶な体勢に清乃の体は悲鳴を上げて、強く彼の腕に爪あとを残す。
血の滲んだそれを、ペロリと舐めて耀は臨戦態勢に入った。
「まあ、いいさ」
彼は、いつも答えを求めない。
ひっ、と一瞬痛みに怯む女の体を持ち上げて、容赦なく突き上げる。
「あ……あ、だめ……だめ、もう、もう……あっ、ア、ァアッ!」
仰け反った体が、舞う。
耀の首に廻していた清乃の腕がダラリと落ちて、崩れた。気を失ったのだ、とはすぐに気づいたが、彼は止まらなかった。
床に落ちた清乃の、裸に近い体を揺すり上げて達する。意識のない、彼女の中にすべてを吐き出した。
――吐き出し切って、その白い頬に触れた。
切り揃えられた黒髪に、白い肌。
紅をひいたような、唇。
瞼を閉じた顔は美しく……出来のいい人形を思わせる。
ふっ、と開いた瞼から覗いたガラス玉のような黒の眼差しに、彼の指は戦くかのようにそこから退いた。
>>>おわり。
|