姫君 Nakosi Maki-1


〜NAO's blog〜
コチラの、「背徳の姫君」は「陽だまりLover」の姉妹作品です。
「なおのブログ」にて、「背徳の姫君」というタイトルから
インスピレーションで書き始め……膨らんだ話です。
「陽だまり」の二人は登場しませんが……舞台は同じ「帝都浦川高校」
って、コトで「陽だまり」とはひとあじ違う、ビター味仕上げ(笑)。
最後はやっぱり、この人視点。
と、いうことで唯一の「一般人」王子属性の
生徒会の会長、名越真希から見たもう一つの「背徳」。
危険な描写はほぼありません。会長の善良さに思わずホロリ。
しかし、この人が思うような展開にはきっと、ならない。



 汐宮清乃〔しおみや きよの〕はクラスの中で常に浮いた存在だった。
 長くまっすぐに伸びた黒髪はサラサラで、白い肌、薄く紅をひいたような唇、そして深く沈んだ黒の瞳。
 物憂げな様子が、ひどく人を惹きつける。
 入学当初から、頻繁に告白をされるもののその答えはいつも、「ごめんなさい」の一言らしい。
 あの顔で、そんなことを言われたら男は何も言えないだろう。
 だから、名越真希〔なこし まき〕も彼女を目で追いながら、躊躇していた。
 彼女が生徒会室の扉を叩くまでは――。



〜 名越真希の場合 〜


「こんにちは、名越くん」

 生徒会室に現れた彼女はそう真希に微笑むと、中をぐるりと見渡して誰かを探す仕草をする。
「誰かに用?」
 訊くと、ふるふると首を振る。
「そうじゃないの。直接、渡したほうがいいかと思ったんだけど、名越くんなら安心ね」
 社交辞令だとしても、そんなふうに彼女から言われるのは悪くない。
 手に持つそれを彼女は差し出して、真希に託す。
「この間、助けてもらったの。お礼、言っておいてください」
 立ち去ろうとした清乃を見て、こんな機会〔チャンス〕は二度と来ないと真希は思った。彼女の細い手首を取って、その黒い目が問うように上げられるのを、ドキドキとした胸の音を聞きながら見つめる。
「あの、さ。汐宮さん」
「はい?」
 彼女は首をかしげる。可愛い仕草だった。

「じつは、俺。ずっと君のこと、気になってたんだ」

 真希のいきなりの告白に清乃は驚いて、「ごめんなさい」と断った。当然だと、思う。
 けれど、希望も残った。
「わたし、あなたのこと知らないもの」
 なら、知ってもらう努力をしてもいいんだろうか?
 期待をしても?
 これから、話しかけてもいいかと尋ねたら、彼女はこころよく承諾してくれた。



 真希の熱烈なアプローチの甲斐あって、清乃は付き合ってもいいと首を縦に振ってくれた。
 けれど、本当はなんとなくわかっていた。
 彼女が本当に興味を持っているのは、自分の幼馴染である真鍋耀〔まなべ よう〕だということは――。
 彼女が生徒会室に来た理由も、耀の教科書とノートを届けるためだった。
「コレ、おまえのだろ?」
 彼女が持ってきたことは伏せて渡すと、耀は「ああ」と特に何も気に留めず受け取った。
 もともと、耀にはそういう感情に疎いところがある。
 仲間意識が薄く、団体行動よりも個人行動を優先する。品行方正で真面目だから表立って不況は買わないが、買っても大して気にはしないだろう。
 女の子との仲が、あまり長続きしないのもそのせいだ。耀は愛情表現が極めて少ない男だったから。
 そういうトコロが、真希からすればクールでカッコいいと密かに模範としているトコロなのだが……なかなか上手くはできない。
 耀だったら、清乃のことを隠したりせずに潔くすべてを晒して渡すだろう――そう思うと、真希は二人に対してひどく負い目を感じるのだった。

「どうも」

 付き合うことになった彼女を、初めて彼に紹介した時の二人の会話が奇妙に白々しく聞こえたのは、そんな胸の内の負い目のせいなのかもしれない。
 そうして、三人でつるむことが増えていけば、その感覚は強くなる。
「……ッ」
 耀の背中を軽く叩くと、彼はひどく顔をしかめた。最近、こういうことがよくある。
 変なところに傷を作っていたり、それが治った頃に新しい傷を作ったり。
「なんだよ、また怪我したのか?」
「べつに。なんでもない」
「真鍋さん、ちゃんと消毒したほうがいいですよ? 化膿したら大変ですから」
 くすくすと笑う清乃に、耀はふいと顔を背けて「平気だって」といつもの常套句で彼女の手を払った。
 清乃は確かに、耀のことを気にかけている。が、耀が彼女をどう考えているのかは……正直、真希には判断がつかなかった。
 昔から、耀は変わらない。どんなときでも、孤高の仮面はつけたままだ。
 単刀直入に確認をしようと思ったことも幾度かあるが、「馬鹿か?」と答えられるのと同じくらいの確率で「好きだ」と告げられそうで、実行には移せなかった。

 臆病でどうしようもない卑怯者――。

 だから、こういう形で耀の気持ちを知ることになったのは、ある意味「当たり前」なのかもしれない。



 三学期の始業式が終わった直後だった。
 カシャン、と何かが床に落ちる金属音が体育館に響いて、次に悲鳴が上がる。
「いたい、痛い! 放してよっ」
「黙れ」
 低い、抑揚のない声だった。
「何よ! どうして、名越くんじゃなくて真鍋くんが怒るのよ!! やっぱり、汐宮さんがたらしこんでるんじゃない」
「たらしこむ? 俺を? 笑わせるな」
「じゃあ、どうして怒ってるのよ!」
「当然だろ、自分の モノ をつけられたら誰でも怒る」
 ザワリ、とどよめいた周囲にも、耀は怯まなかった。「何かほかに理由がいるか?」と手首を捻り上げた彼女を敢然と見下ろして、静かに恐怖を与えた。

 騒ぎの最中。
 ハサミが転がったすぐそばに清乃が立っていて、その足元に一房の綺麗な黒髪が落ちていた。
 ふぞろいになった彼女の髪は……三人の関係を象徴しているようで、真希には見るのも辛かった。


*** ***


 それから、ハサミで汐宮清乃の髪を切った女生徒は謹慎三日。真鍋耀も暴力を行使したことを注意する意味で、謹慎一日を言い渡された。
 真希は見舞いに行こうと思ったが、耀の家の前まで行って諦めた。
 ちょうど、清乃が彼の家に入るところだったからだ……鉢合わせするのは、きっと彼らにとっても真希にとっても得策ではない。
 ただ、切りそろえられた清乃の肩につく程度に短くなった髪を見て、ホッとする。
( 短いのも似合ってる…… )
 耀の謹慎が解けて、登校してきたら言うんだ。

 二人に謝罪と、心からの祝福を――。


 >>>おわり。

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