放課後の教室を出て、扉を閉める。
(なに、やってるんだ? 俺は)
鳴海広之〔なるみ ひろゆき〕は無意識に火照る頬をそ知らぬ顔で誤魔化して、チラリと後方の扉の向こうにいる彼女、山辺志穂〔やまべ しほ〕を思った。
特に、特別な感情をもったことはない……隣の家の彼女のことを。
〜 鳴海広之の場合 〜
引っ越しの挨拶をしに、家族と一緒にうかがった彼女の家の玄関先で、志穂は母親の影に隠れるような引っ込み思案な女の子だった。
大人しい、というか。地味で目立たないし、自己主張もしなければ決断力もない。
答えに困れば、すぐにカーテンの中に隠れる……どちらかと言うと、癪に障る女の子。
イライラする――人付き合いの苦手な彼女は、よほどの親しい友人でなければ、溶けこまない。相手が男なら、なおさら。
『毎日、こんな遠くから見つめるくらいなら、告白でもなんでもしてくればいいんだよ』
そんな彼女が、男を好きになるなんてあり得ない。
『でき、ないよ。そんなこと……』
告白して、サッサと気づけばいいんだ、と心中で舌打ちした。が、告白〔それ〕さえも彼女には無理だろうと半ば達観した予想を、広之は立てていたのだ。
彼の予想は、ものの見事に覆されたけれど……一念発起した彼女と真鍋耀〔なまべ よう〕が付き合うことになったのは驚きだった。
(どうせ、長続きしない)
焚きつけておいてなんだが、広之にはそんな気がしていた。
大人しい彼女には、彼は荷が勝ちすぎる。
もともと生徒会の書記でクラスメートでもある真鍋耀という男子生徒は、整った目鼻立ちではあるものの、無表情で告白する女生徒は多いが「来る者は拒まず、去る者は追わず」の冷めた付き合いをすることで有名だった。付き合っても、長続きしたことはなくおおよそ一ヶ月もてば長いだろう、と噂されるほどだった。
華々しい女性遍歴をもちながら、彼には恋愛感情というモノをもちえたことがないのではないか? とさえ、感じさせる。
だから、一週間ほどして二人が別れたと聞いても少しも、意外ではなかった。
「真鍋くんと、志穂じゃやっぱりタイプがちがうっていうかさー? ああいう冷たい美形よりはさ、志穂には優しい人がいいって、んー? 例えば、委員長の鳴海くんみたいなさ」
澤嶺祥子〔さわみね しょうこ〕が、落ちこむ志穂にそんな勝手なことを提案するのを教室の喧騒の中聞きつけて、広之は眉を寄せた。
「……無理、だもん」
小さく、陰鬱に答える声に無性に苛立ちが募った。
(どういう意味だよ……そりゃあ、俺は澤嶺が言うほど優しくない。山辺に対しては特に……厳しいことを口にしてしまうけれど)
「――だからって、対象にもしないつもりかよ」
呟いて、ふざけるなと一言、彼女に思い知らせたくなった。
何をって、深く考えたらつまりはこういうこと、だった。
抱きしめて、胸の中に閉じこめる。
「ん。あ……ッひぁ……!」
白いカーテンの中で、志穂はどんな表情でこの声を出しているのか……と広之は想像する。
(興奮する……反応がいいんだ。山辺は)
カーテンの中に手だけを入れて、そこにいる彼女の胸や太腿……それに、彼女の大事なところに触れる。最初にただ抱きしめてから、まだ一ヶ月も経っていなかったけれど、この流れにお互い少しも疑問を抱かなかった。
いや。
広之には、腕の中の志穂に訊きたいことはいくらでもあった。
誰ともわからない相手の手に、いくら大人しいとは言え こんなこと を許すのはどうしてか?
最初に逃げ出せなかったから? ……惰性で付き合っているのだろうか?
本当は心の中で、怯えてる?
でも、反応は確実に快感を示していて……嫌がっているとは思えない。
見えないブラウスの前を肌蹴させて、胸を覆うブラを押し上げる。目にすることが叶わないのは、いつも少し残念で逆に手に触れる感触に興奮する。
やわらかな傾斜に、しっとりと吸いつく湿った肌。二つのふくらみを揉みながら、ぷっくりと固く、熱を含んだ丘の天辺の突起をかすめて、周囲をぎゅっと強くこねる。
「んっ」
苦しげな吐息に、広之は興奮した下半身をカーテン越しに彼女の腰に押し当てた。
その身がぴくり、と怯んで、怯むのを許さないように彼女の下半身に指を這わせる。
粘っこい湿り気に、志穂の下着は可哀想なほど濡れていた。これを着けて帰るのは、かなりの抵抗があるだろう。
(もしかして、代えとか用意してるのかな?)
ここまでするのが、今日、初めてというワケではないので良からぬ想像を巡らせる。
(本当は、こうなるのを期待してる?)
クイッ、と狭い彼女の中に指を深く突っ込んで、チュクチュクとかき混ぜる。中は溶けるように熱を孕んで、波を起こす。溶岩のように溶け出して広之の手を濡らし、襞は蠢いて彼の指をきつく締めつけた。
入り口近くの突起と中、胸の尖りを同時に強く刺激する。
彼女は息を呑んで、彼は下半身の猛りをさらに深く押し付けた。
「ん……はっ、あぁ!」
カーテンレールがかかった重みにしなり、カーテンの中で彼女の体は彼の高鳴る胸へと崩れてくる。
*** ***
くわえこむ志穂の中から指を引き抜くと、「ぁ、ぁん」と達ししきれていない彼女から甘い喘ぎが洩れた。彼女のモノがついた指を舐めて、その不毛な味に次第に物足りなさを感じはじめていた。
「はぁ……はぁ……」
と、カーテンから気だるげな志穂の息遣いが聞こえる。
広之も息遣いは荒くなっている。
満たされない欲情はいつかカーテンから彼女を引き剥がして、目的を達するのではないかと容易に想像させた。
その時、彼は思いもしなかった。
彼女からカーテンを開けてこようとは――。
目が合う。
「――っ」
「な、るみくん?」
呆然とした声に、広之は心の準備も間に合わず、衝動のままに顔を近づけて……彼女の唇に唇を重ねた。
そこは、ずっと触れたくて、触れられなかった場所。他の場所は、誰よりも多く触れているのにと思うと感慨も深い。
(想像よりも、ずっと……やわらかいや)
「キャーッ!」
キス〔それ〕に志穂は唐突に覚醒したのか、平手を彼の頬に炸裂させると真っ赤になった。ふたたびカーテンを引き寄せ、包〔くる〕まると二度とは外に顔を出さなかった。
>>>おわり。
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