まるで、学生の頃に戻ったような気分だった。
白いレースのベールと、花の可憐な髪飾り。
肩を出した純白のウェディングドレスは彼女らしい、じつにオーソドックスでシンプルな形のものだったがよく似合っている。
めずらしくほどこされた鮮やかな化粧も映えていて、きめ細かな肌も淡く染まった頬も、キレイだった。伏せた瞼の睫〔まつげ〕が小刻みにふるえて、淡いブルーのアイシャドウに入っているキラキラとしたパールが反射していた。
ぷるりと潤った唇から、彼女の歯が覗くたびキスしたい衝動にかられた。
「病めるときも、健やかなるときも……」
愛することを誓うか? と訊かれれば当たり前のように誓うだろう。
自分のその言葉には なんの 感慨も浮かばないのに、と不思議に思う。
「 誓います 」
彼女が言うと、どうしてこんなに特別に 響く のか。
指輪の交換をして、その小さな指がふるえているのを見て、なんとなく捕まえてしまいたくなる。
「では、誓いの口づけを――」
青い目をした神父が促して、ベールを上げて隠れた彼女の顔を持ち上げた瞬間だった。
その懐かしい眼差しに、ドクリと心臓が跳ねあがる。
夕暮れの教室を思い出した。
翻るカーテンに、頬を撫でる風が心地よくて、彼女の肌のやわらかな温もりが心を揺さぶる。
濃厚なキスなんか、できなくて。
触れるだけの、安心させるだけの キス をする。
額をひたり、とくっつけて。
高校二年生だった あの時 にできなかった告白を、いま、したい。
(俺は、ずっと、仁道だけを―― 愛したい と、思うてる)
〜 ヒーリング・ラブ 〜
繋がれば、時間はあっという間に元に戻った。
ドレスを脱いで、下着姿になった仁道小槙〔にどう こまき〕の足を割って白いガーターをつけた彼女の下の下着だけを取り去った。
「輝、くん……」
腕を伸ばして馳輝晃の首に絡めると、ギュッとしがみついてくる。
「避妊、せんでも……ええんよ?」
と、彼女は言ったが輝晃は しばらく 子どもを欲しいとは思わない。小槙を繋ぎとめるためにだったら彼女の意思に関係なくつくることもいとわないが……結婚を果たした今は、考えることもできなかった。
ハァハァ、と熱い息を吐く小槙の額に頬を寄せて、「もったいない」と彼女の中に入れた避妊具を装着した自身をこすりつけた。
大きく反って、さらに熱を孕んで硬くなる。
部屋の明かりもつけたまま、性急に結んだ体。
絡み合って互いに体を寄せ合えば、自然に交歓を求め合う。
久方ぶりのその感覚に、彼女も輝晃もあまり 余裕 がない。特に彼の方は深刻だった。
早すぎる快楽がすべてを支配する。それは、あっという間に――。
「ん……あっ、や……アッ」
ビックリしたように、小槙が目を開く。彼の切羽詰った姿をその瞳に映した。
「我慢、できるワケが……あらへん。もう、無理や……こんなん、ッ!」
繋がりあって、そんなに時間は経っていなかった。輝晃からすれば、宛がう前からすでに抑制できるような状況ではなく……入った瞬間、気が遠くなるような感覚を覚えていたから、本能のままに放出したあとになって組み敷いた彼女を心配した。
気持ちよくさせた自信はあまり、ない。
ハァハァと互いに荒い息をつき、
「 小、槙 」
と、彼女の頬を指で気遣うように撫でれば、ふっと輝晃を見る。
「輝、晃くん……気持ち、よかった?」
「当たり、前や」
愛おしい存在を胸に抱いて、よくないワケがない。
「けど、小槙はよく……なかったやろ? 俺の我慢が、きかんかったから」
ううん、と首を振って「そんなことあらへん」と彼女は笑う。
「輝くんが 旦那様 やて思うたら嬉しかった。気持ちよくて、ずっと こう してたいって思うた、もん」
流石に、最後は恥ずかしくなったのか、頬を染めると顔を背けて彼から逃れるように背中を向けた。
その肩に口付けをして、「ホンマに?」と輝晃は笑った。
後始末を手早く済ませた彼は、すぐに彼女を仰向けに転がすと膝裏をとらえて開く。
ビックリした小槙は彼のなすがまま、足を開いてその間に彼が入ってくるのを容易〔たやす〕く許した。
彼女の片方の足を持ち上げ、その膝に唇を寄せた彼はくすくすと喉を鳴らして笑う。
「なんや……そう、褒められたら ご要望 に応えるしかあらへん、よなあ? 奥さん」
「お、おく?」
まったく、理解できていない彼女は いま 何が起ころうとしているのか分からずに、とぼけた顔をする。
ふふん、と鼻を鳴らして輝晃は小槙の足を掲げると大切に扱うように支え、そのふくらはぎの白い腹にキスをする。
「 ! 」
図らずも、足を掲げられたことによって大きく開脚することになった小槙は息を呑んだ。
その開いた場所の、さきほどの余韻も まだ 残る中心に彼の指がひたりと触れたからだ。
「よ、要望て……なに? わたしはなにも……ぁん」
してへんと、と思いながら、彼の指が抉〔えぐ〕るように動きはじめるから翻弄される。
彼の指先が、燻っていた熱を焚きつけるように淵をなぞっていく。
「言うたやろ? ずっとこうして 繋がって たい、て……今度は 夫 として、シッカリ 気持ち よくさせたるし」
自信たっぷりに見下ろして、動揺する小槙を逃れられない高みまで誘おうとする。
もともとぬかるんでいた入り口を指の腹で刺激され、トロリと溶けたところを、くぷりとした音が突き刺した。
「ァァン……」
たまらず鼻に抜ける甘い声をあげて、それでも彼女は「そういう意味と、ちゃうから」と恨めしそうに唇を尖らせて異議を唱え、抗えずに抱きついた。
*** ***
「 小槙 」
久方ぶりの行為に、しかも何度となく繋がりあったあとの体は感じすぎて、名前を呼ぶその声だけでヒクリと反応した。
「……ッぁん」
抱き合う格好で目があった。その目が、パチクリと瞬いたかと思うと、笑う。
「もぅ! ……やっ」
恥ずかしさのあまり、ベッドに顔を埋めて小槙は顔を背ける。
「し、信じられへん。いくら最近してなかったからって……何回するつもりなんよ。アホ! スケベっ」
回数にして、最初の(不覚の)秒殺を加えれば五回だろうか。
「何度でも、したい」
彼女の真っ赤になった耳たぶを眺めて、その胸を手のひらで包む。馴染んだ形を指先でいじる。ピクン、と敏感に反応する。
――可愛くて。
「あかん?」
「……ずるいねん」
唇をシーツに押し付けたままのくぐもった彼女の恥ずかしげな声。怒ったように目だけを彼に向けて、揺れる濡れた眼差し。
――愛しくて。
「そうやろか?」
「そうや! そんなん……訊かんといて」
――小槙が、腕の中にいる。
冷静にここまでの 行為 を思い出してから、輝晃は「幸せ?」と彼女の耳に わざと 小さく誘うように囁いた。
>>>おわり。
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