馳輝晃〔はせ てるあき〕が、芸能プロダクションにスカウトされたという噂は全校生徒にまたたく間に広がった。
先月、演劇部が出場した……マイナーではあるが 著名な プロダクションが 有望な 人材を下見に来ることで名の知れた大会で見初められたらしいとのこと。
しかも、そのプロダクションが多くの俳優を輩出しているところだったものだから、 大騒ぎ だった。
本人の意思とは、関係なく……彼が転校するだろうと先走った憶測まで飛んだ。
「――考えさせてください」
ほかのプロダクションがどのようなものなのか、輝晃は知らなかった。
しかし、輝晃を指名してきたそのプロダクションは、そんな知識のない彼にも紳士的に見え、しかも好条件を提示した。
それは、「胡散臭い」と思うほどの厚遇だったが、疑うにはそのプロダクションは あまりに 有名すぎる。
東京に出てからの一切の生活費、学費、それに基礎的なダンスや演技のレッスンなどもすべてプロダクションで用意し、俳優業だけでなく輝晃が望むなら舞台でも歌でも手配する用意があるという。
願ってもない、申し出だった。
輝晃だって、その道に進むことは考えていた。
けれど。
プロダクションの人事担当の彼は、輝晃の頑〔かたく〕なな態度に説得を試みる。
「私どもは、馳さんの素質を高く評価しているつもりです。演技力や発声はもちろん大切だとは思いますが、この世界はそれだけでは大成できない……そういう厳しい世界です。努力だけでは、どうにもならない壁があるのです。しかし、あなたは人を惹きつける才能がおありだ。それは、何者にも変え難い――だからこそ、私どもはあなたを大切に育てたいと考えているのです」
何か、条件で見合わないところがあるのならおっしゃってください、と食い下がる。
「見合わないところなんて……俺にはもったいないくらいだと思っています。ただ」
遠く、彼方に目をやって輝晃は脳裏に浮かぶ彼女の姿をどうしても、断ち切ることができなかった。
(東京に出たら、二度と仁道に会えなくなる――)
それだけは、耐え難かった。
「わかりました……では、決心がついたら ここ に連絡を」
輝晃の心中を察したのか、息をつくと彼は名刺を差し出した。
それを受け取っても、輝晃は素直に応じることがどうしてもできなかった。
〜 If more... 〜
それから、演劇部の定期公演がすぐにあった。
輝晃が転校するという噂が先行したせいか、いつも以上の大入りに高校の体育館は立ち見も含めていっぱいだった。
入場制限までかかったそれに、生徒会役員まで担ぎ出された。
観客の整理にかりだされたらしい彼女と、同じ生徒会役員らしい女生徒との会話を舞台裏の扉越しに聞いたのはそんな時だった。
彼女たちも、輝晃が転校する噂のことを半ば本当だと思っているようだった。
「仁道さんって、馳くんと付き合い長いんやろ?」
「うん、まあ。でも、そんな世間話するくらいやけど……」
小槙の声は小さく、相変わらず遠慮がちだった。
「ふーん。でも、馳くんが有名になったら取材とか来るんちゃう? 幼馴染ーとか言って」
「いややー、けーへんよ。ホンマに仲ええ子やったら、ほかにいっぱいおるし……それに、覚えてへんやろ? その頃にはわたしのことなんて」
「せやろかー?」
そんなことはない、と言いたかった。
けれど、ここで伝えたところで小槙のことだから「社交辞令」と思われるのが関の山だった。
静かな、彼女の声が輝晃に言った。
きっと、わたしたちのことなんか忘れてるよ……と。
「 でも――そう。覚えててくれたら、会いたいね 」
と、それは彼女のただの思いつきだったのかもしれない。
けれど、輝晃にとっては「きっかけ」だった。
(仁道、俺は忘れへん……有名になっても、おまえだけは――だから)
だから、その時には「忘れてへんかったやろ?」と言ってやろうと思った。
転校の日、それだけを約束するために教室で彼女を待っていたハズだったのに――最後に会った彼女は、やっぱり無防備で、嫌になるほど 他人行儀 だった。
教室で彼女を押し倒したことを、後悔したことはない。
「ヒカル、いいんですか?」
八縞ヒカルのマネージャーである野田が、訊いた。
「いいんだよ、ストーカーの件は「いずみ弁護士事務所」の仁道小槙〔にどう こまき〕弁護士を指名して。 彼女 以外は、ダメだよ……野田さん」
にっこりと、有無を言わさないヒカルの微笑みに、野田はため息をついて……それでも、この数年の間に実力派の俳優としての地位を、着実に築きあげた 若き 看板俳優を無碍〔むげ〕にはできなかった。
八縞ヒカルこと 馳輝晃 の強固なまでの意思を、彼は知っている。
*** ***
嫌がる小槙を組み敷いて、輝晃は半ば無理矢理に彼女を抱いた。
「いやっ! いやや……輝くん、やめて」
目に涙をいっぱいにためて、小槙は抗った。
舞台公演『月に棲む獣』の初日から、態度のおかしかった彼女は舞台が千秋楽を迎えてもいまだ硬化したまま、二週間もの間 ご無沙汰 という苦行を輝晃に強いた。
そして。
今の今まで、彼女の意思を尊重した結果が、コレだというのも 彼にとっては 仕方のないことだった。
「あかん。俺も我慢の限界や……小槙」
言って、突き上げる。
「う……ふっ、あ……やぁっ!」
たまっていた涙が、彼女のこめかみを流れ筋を作る。
痛々しい表情に、謝罪しながら……相反する心は、煽られた。
「小槙、ホンマに嫌か? 俺のこと……嫌いになったんか?」
ぶんぶんと頭をふって、小槙は否定した。
自信はあったが、それでもちゃんとした答えとして返ってくるとホッとする。
「好き。好きやから――」
涙に濡れた眼差しが訴えて、官能に火照った体がほんのりと染まって誘う。
その唇に口づけて、露な張りつめた胸を指先で責める。
「ん……輝くん。あっ」
伏せ目がちに小槙は喘いで、睫〔まつげ〕を小刻みにふるわせた。
彼女の身体が気持ちよさを伝えてくると、どうしようもない衝動が輝晃を突き動かした。
背中に腕を廻してすがりついてくる小槙を抱きしめて、上体を持ち上げる。広く開脚した入り口から、さらに深く貫いた。
彼女の奥の壁に当たると、あとは駆け昇るだけだった。
「あっ、ああっ! 輝晃くん!!」
最後、自らも腰を激しくくゆらせて達すると、小槙は輝晃に身を任せてベッドの上に落ちた。
小槙の身体を背後から抱きしめて、裸の胸をいじりながら輝晃は訊いた。
「なあ、小槙」
輝晃の恥ずかしげもない指の動きに、身をよじって小槙は背後の彼を睨んだ。
小槙の胸は好きだった。
ほどよく弾力があって、大きくはないが手に馴染む形。
少しの刺激で、素直に反応する天辺の頂も可愛いと思う。
「輝くんの手、やらしいねん」
頬を染めて訴えられても、正直誘っているとしか思えない。
「ええやん。男はやらしい生き物や……それより、いい加減ご機嫌ナナメやった理由を教えてほしいんやけど?」
「……べつに、ご機嫌ナナメやったワケとちゃうもん」
まだ、頑なに言い張る小槙に、輝晃は息を吹きかけた。
「ひゃっ! な、なにするん……」
首筋にぞくっとした感覚が走って、小槙の身体は跳ねた。
「言わな、もっと激しくするで? 小槙」
ビクッ、と小槙はふるえて……弱々しくうなだれ、観念した。
「亜矢子先輩が……言うてん」
「 何を? 」
「輝くんの ハジメテ は、貰うたからいいって」
「………」
何という、捨て台詞を言うのか。
輝晃はどう答えていいか、困った。
いや、確かにそうなのだが……。肯定してしまっていいものか?
「輝くん、そうなん?」
ここまで、口にしたら真相まで究明しようとでも思ったのか、小槙は追求してきた。
「ああ、うん。そうかな?」
「そうかな、って。なによ? ほかにも、おるん?」
「………」
彼女が懸命に訊けば訊くほど、輝晃は可笑しくなってきた。
くすくす、と笑うと小槙は訝しげに眉を寄せた。
「なにが、おかしいん? 輝くん」
「いや。こんなことやったら、中学の時でも高校の時でもおまえに告白しとくんやったなあ、と思って」
小槙の胸をまさぐりながら、彼は耳元で囁いた。
「そしたら、俺のハジメテも小槙やったワケやし。もっと、おまえとこんなことできてたのになあって……もったいないことしてしもた」
言いながら、本気で悔しくなってきた輝晃は「くっそー」と舌打ちした。
強く、抱き寄せる。
「あの時―― おまえ に告白しとくんやったなあ」
首筋に熱い意思を持った唇を感じて、小槙はゾッと背中を反らせた。
(……やっぱり、今でよかったのかも)
「なあ、小槙。いけそう?」
身体の熱を上手に呼び起こされて、息が荒くなる。
拒否できない。
「あ……やぁ。ん……」
( こんなん学生の時になんて、絶対ムリやし。ついていかれへん )
と、真剣に考えて、考えたそばから小槙の思考は溶かされた。
>>>おわり。
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