高校の頃、演劇部で催された数々のラブ・ストーリーを覚えてる。
『 嵐ヶ丘 』
『 風と共に去りぬ 』
『 雨に唄えば 』
『 たけくらべ 』
ヒロイン役は、たいてい下凪亜矢子〔しもなぎ あやこ〕という女部長で。
相手役は、いつの頃からか定着した馳輝晃〔はせ てるあき〕だった。
高校のクラブ活動を宣伝する掲示板に、張り出されたポスターを見るたびに仁道小槙は別世界の人だと思った。
〜 ジェラシー・スクリプト 〜
「幼馴染やのになあ」
「小槙君、どうしたんや?」
ポン、と 何か で頭をかるーく叩かれた彼女は見上げ、「あー」とおっとりとした声を上げる。
礼儀正しく、背筋を伸ばして頭を下げる。
「坂上会長……コンニチハ」
「何を見て。演劇部の定期公演か」
「はい、そうです」
小槙の様子に、なぜか坂上学〔さかがみ まなぶ〕生徒会長はくすくすと笑って、ポスターと律儀な後輩を見比べた。
「小槙君は、案外こういうのに興味があるんやな。確かに、うちの高校の美男美女が演ってるだけあって、毎回好評ではあるけれど」
「……興味というか。こういう世界の住人やねんなあと思うて」
小槙が少し、寂しそうに言ったものだから、学は目を丸くした。
(これは、これは)と、長いおさげの危なっかしいお嬢さんを見下ろした。
「住人って、誰が?」
「えっ?! いやや、べつに……いいやないですか。誰でも」
「いいや、気になるね! むっちゃ気になるわ」
小槙を興味深げに見つめ、からかうようにニヤリと高い位置で人の悪い笑みを浮かべる。
「学校一と誉れ高い 奥手の 小槙君!」
なんやねん、ソレ……と、小槙は顔をしかめた。
「ホンマに何でもないんですよ? 単に小学校からおんなじやっていうだけの人やし、目立つから……それに、馳くんはわたしのことなんて冗談の相手としか思うてへんし、迷惑や」
「馳? ああ、この主役のイケメンか」
へぇ、と小槙を見下ろして、ニヤニヤと笑った。
「いやいや、安心したわ。君にもそういう話があるとはなあ? しかも、相手はかなりのイイオトコと来た! イガイイガイ」
「せやから、ちゃうて言うてるのに。会長面白がってへん?」
「はいはい、わかってるわかってる」
ハッハッハッ、と笑う長身の生徒会長を小槙は頬を染めて「絶対わかってへん」と睨みあげる。
と。
噂をすれば影が差す。
「てるー」
「劇、絶対観に行くからね!」
「がんばってなー、応援してる」
キャーキャーと黄色い声の女の子たちに囲まれて、彼は愛想のいい笑顔で一人ひとりに対応していた。
ふと、小槙の方に気づいて目を細めた。
「仁道……こんにちは」
輝晃の紳士的な微笑みに、小槙もにこりと笑った。
「こんにちは」
すれ違っていく集団をぼんやりと見送って、ホッと息をつく。
「やっぱり、別世界やなあ」
「そうかあ?」
後ろで坂上生徒会長がポリポリと頭をかいて、呆れたように小槙を眺めていた。
「え? なんなん? 坂上会長」
「 睨まれた 」
とだけ答えて、ぐりぐりと戸惑う小槙の頭を撫でまわした。
*** ***
輝晃のマンションのソファに座って、小槙は対峙した彼に困惑した。
「なあ、馳くん」
「輝晃」
「……輝晃くん。コレ、なんか恥ずかしいんやけど?」
「そう?」
見るからに理由が解かってる彼の笑い方に、小槙は台本から目を離して顔をそらした。
とてもじゃないが、これ以上付き合うことはできない。
だって。
「 エッチの最中やろ? コレ! 」
台本の中には、まともな会話などはなく睦言の最中らしい愛の囁きやそれに準じた喘ぎを求めるような指示が並んでいた。
「そうだけど、台詞あわせに協力してくれるて言うたのは小槙やで?」
「せやけど! こんなん反則や」
真っ赤になって、小槙は抗議する。その目は真剣な涙目だったので、輝晃は少し後悔した。
彼女が真面目な性格なのは周知の事実だ。
輝晃の台詞あわせに付き合おうとしたのだって、かなりの責任をもって取り組もうとしていたにちがいない。
「悪かったって」
「ええよ、もう……わたしが相手なんて務まらへんのやろ。わかってるわ」
ぷい、と拗ねた小槙に輝晃は彼女らしい見当違いに苦笑する。
「ちがうて。小槙が相手やと 本気 になりそうやから、まずいなあと思って」
「まずいて、何が?」
まだ少し嫌疑をかけつつ、小槙は輝晃をチラリと見上げた。
輝晃は、彼女の真っ直ぐに伸びた肩につく程度の髪に触れ、微笑む。
「 キスだけで止まらんってコト 」
「ん……」
唇を合わせて、ソファに倒れこむと……小槙はまだ不服そうだった。
「なに? まだ、怒ってるん?」
「そうやない、けど。輝晃くん……共演者の女の人とあんなこと、するん?」
不安そうに呟いて、ハッとする。
輝晃の手が、服の下に忍びこむのにも気づかない。
「いやや、ごめん。こんなこと言うつもりなかったんやけど……わたし」
熱をもつ彼女の素肌に触れながら、輝晃は嬉しさに笑いを噛み殺していた。
学生時代にはなかったことだ。
自分に対して、小槙がヤキモチを焼くことなど――。
「輝晃くん?」
首筋に顔を埋められ、小槙はくぐもった彼の息に戸惑った声をかけた。
その腕に強く抱きしめられて、びっくりする。
「あの……なあ、大丈夫?」
「ああ、絶好調や。小槙」
「やっ、輝くん!」
胸をやわやわと揉まれ、太腿を撫でられた小槙は性急なその動きについていけなかった。
「安心していいよ。演技で キス くらいはするけど……」
目を見開く小槙の前に顔を斜〔なな〕めに寄せて、真剣な眼差しで告げる。
息がかかるほどの近く、唇が触れるほどの距離だった。
ブラのホックを外して、太腿を撫でる手がのぼる。
「 こんな キス をするんは、小槙だけや 」
ちゅっ、と唇を吸って、輝晃はそれを深く重ねた。
>>>おわり。
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