それは、高校一年の三学期。
演劇部の先輩だった、下凪部長が四角い何かが入ってそうな可愛い包装紙に包まれたモノを窓の縁〔へり〕に差し出してにっこりと笑ったのが「はじまり」だった。
ちょうど、その演劇部の部室の窓から下を覗くと、生徒会室が見える。
何かの話し合いをしているのか、時々長い黒髪の眼鏡をかけた少女が立ち上がって、黒板に何かを書き記した。
おさげ髪がよく似合う彼女……仁道小槙〔にどう こまき〕を馳輝晃〔はせ てるあき〕の目は追ったまま、「律儀ですね」とそれを義理チョコと判断した。
すると、女部長・下凪亜矢子〔しもなぎ あやこ〕は無理矢理に輝晃の顎をとって、自分の方へと向けさせた。
「馳くんって、仁道小槙さんが好きやのね?」
輝晃は少し、目を瞠って笑う。
毛頭、隠しているつもりはなかった。しかし――どうして、こうも関係のない人間にバレるのか。
「分かりますか?」
「そりゃあね! あなたばかりを見てたら、すぐに気づくわ」
「俺ばかり? 先輩、暇なんですか?」
まったく理解できなくて眉を寄せると、目の前で「あっきれた!」と亜矢子は言って整えられた綺麗な柳眉を吊り上げる。
美人は怒っても、美人だ。
演劇部のヒロイン役をこなす彼女は、舞台栄えのする強い意思を持った眼差しを輝晃に向けると言った。
「あなたって、とんでもなく鈍いわ。馳くん……その点では、あの娘といい勝負やけど。いい? コレは本命チョコ。わたしはあなたが好きなの」
「……先輩。俺は――」
「ストーップ! 知ってるわ。馳くんには好きな子がいる……有名な話やわ。でも、彼女、最近生徒会長と噂になってるやないの」
「そんなことまで、調べたんですか?」
「まあね。好きな人のことやし……見込みのない相手より、ほかの人間に目を向けるのもいいと思うんよ?」
輝晃は表情を凍らせて、眼下の生徒会室を眺める。
背の高い坂上生徒会長に頭を撫でられる、幸せそうな小槙に胸が痛んだ。
「なんやったら、わたしを彼女の代わりにすればいいわ。仁道小槙を 完璧に 演じてあげるから」
〜 彼女の存在 〜
最初は冗談のつもりで、オーケーしたが……彼女の演技力は確かだった。
輝晃の中の小槙を、忠実に再現した。
遠慮がちな話し方。
少し首をかしげて笑う仕草、生真面目に素直すぎる反応。
そして、三ヶ月。
本物の小槙じゃないだけ、輝晃には気が楽だった。嘘をつくのも、気持ちを誤魔化すのも、欲望のままに抱くことさえ罪悪感を覚えない。
時々、本当に忘れそうになった。
「 あいたたた! ご、ごめんなさい 」
放課後。
廊下の角でぶつかった彼女は鼻の頭を押さえて、輝晃を仰いだ。
大きなファイルを手に持って、行く先は生徒会室だろうと予想できた。
「馳くん!」
目を見開いて、小槙は久方ぶりに顔を合わせた幼馴染に目を細める。
「久しぶり。仁道はいつも忙しそうやな……なに、この資料」
「あ! ホラ、もうすぐ部費の予算編成の時期でしょ? その過去資料なんよ」
「へぇ……」
と、資料をひとつ取り上げると、ふと彼女の前髪に目を止めた。
「仁道」
「え? ひゃっ!?」
真っ赤になってあとずさって、小槙は(しまった……)という顔をした。
「 花びら 」
と、くすくすと笑う輝晃に髪についていたそれをかざされて、「ごめんなさい」と謝った。
そして、「ありがとう」と花がほころぶように礼を言う。
「男慣れしてないんやなあ……仁道らしいけど」
「会長にもよく言われる。彼氏作ればいいのに、ってなあ。そしたら、少しは慣れるやろって無責任やと思えへん? 馳くん……馳くん?」
輝晃はハッとして、「ああ」と相槌をうった。
「仁道って、坂上会長と付き合ってるんやないんか?」
呆然と訊いた彼に、小槙が不思議そうに首をかしげた。
「わたしが、会長と? どこに付き合うん?」
それから、別れ話を切り出すと亜矢子は「あーあ」と寂しそうにため息をついた。
「バレちゃったか……あの噂、誰が流したと思う?」
「………」
輝晃は自分の顔が険しくなるのを、自覚した。
「あなたのファンよ? みんな、あなたが彼女のことを好きなん、知っているんやもの」
「……先輩」
「そしてね、わたしはそれを利用したの」
いつか、自分のことを本当に好きになってもらえたらと思って。
でも、ダメやった……と悲しそうに彼女は笑った。
「ごめん、先輩。俺はやっぱり本物の仁道がええ――ほかはいいんや」
「そうやろうねえ……気づいてたわ」
下凪亜矢子は髪をかきあげ、泣きそうになる顔を輝晃から隠した。
*** ***
その日、チョコレートの用意を忘れた小槙は輝晃に寝室へと連れこまれると……早急に押し倒された。
「て、輝〔てる〕くん。そんなにチョコレート欲しかったん? でも、ファンから山のように届いてるんやろ」
「うん、そうやねえ?」
とか、適当に相槌を打ちつつ、彼女の服を剥〔む〕いていく。
弁護士バッチのついたスーツは、リビングのソファですでに脱がしているので、ブラウスの前を開いて、その下のキャミソールを上に押し上げた。
「高校の時かて、彼女とかおって……こんなイベントしつくしてると思うてた。せやから」
「……小槙。俺に彼女おったの、知ってたの?」
輝晃には、その言葉〔こと〕の方が意外だった。
彼女はこういう話題には、無頓着だと思っていたから。
顔をそむけると、小槙はすねたように呟く。
「有名やったもん。知ってるわ」
「ふーん」
何気ないふうを装いつつ、輝晃はツーッと小槙の素肌に指を滑らせて胸の丘を登らせた。
そして、白いブラの上からその実に触れる。
ビクリ、と強張る初心な身体は、まだこの行為に慣れていない。
「それって、ヤキモチ?」
「やっ! ちがうわっ……もう、いや! こんなん恥ずかしい」
ブラのホックを外されて、解放された胸元に小槙は真っ赤になって手で隠そうと試みる。
「隠さんでええ。つーか、隠すな。抑制きかんようなる」
「な。なに言うて……あっ」
胸の丘を滑らせた彼の指先が、丘の上の実を直にいじった。
指先だけの刺激、なのによけいに感じるのは気のせいだろうか。
「ん……」
耳元を口づけられて、目をうっすらと閉じる。
やんわりと揉まれる。
「 小槙 」
囁かれる言葉。
「俺……高校時代の 俺に 見せつけたいくらい幸せや」
( ……どういう意味やねん )
耳元で妖しく笑った輝晃に、小槙は思わずツッコんだ。
>>>おわり。
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