焼けと机と室と。 Sleeping love


〜NAO's blog〜
 ■小槙さんと輝晃くんの、過去話+高校二年・秋■



 馳輝晃〔はせ てるあき〕が目を開けると、そこは夕闇の保健室だった。

「 よう眠ってたわねえ、馳くん 」

 夕陽に翳った白衣の先生は仰け反って笑い、輝晃から視線を外すと窓の外を見た。閉められた窓に、暮れかかる空が映っている。
「まあ、君ほどのモテ方をすれば疲れるやろうけどねえ? 転校まであと少しの我慢やわ」
 言うと、先生は改めて輝晃をふり返り、「あと、三日やった?」と訊いてくる。
「はい」
 立ち上がりながら、頷く。
 今週の金曜が最後だった。
 来週には、事務所が用意した新しい高校に入る段取りになっている。
「先生、ありがとうございました。俺もこんなに居るつもりはなかったんやけど……」
「ええて。寝不足やったら、せっかくのいい男が台無しやし、少しはよく眠れたみたいやない?」
 安心した、と白衣のポケットに手を突っ込んで、彼女はニヤリと口の端を上げる。
「……ええ、まあ」
 と、言葉を濁して、輝晃は不思議な感覚に首を傾げた。
 ……たぶん、途中まではいつもの悪い夢だった。
(仁道を押し倒す夢……無理矢理なのはいつものことなんやけど)
 こんなにも、気持ちよく眠れたのは久方ぶりのことだった。疲れていたのも 確か だが…… 何か が触れた感触がして、唇に手を添える。
「馳くん、大丈夫?」
 黙りこんだ彼を心配して、先生が声をかけた。
「あ。すいません……平気です」
「そう? もうすぐ下校時間やし、早く帰りなさいね。見つかっちゃうわよ」
 悪戯っぽく言って、退室するように促す。
「はい」
 浅く会釈した輝晃に、「そうそう」と彼女は思い出したように 大切なことを 付け足した。
「仁道さんにも 協力 してもらったから。もし、話す機会があるようやったら お礼 言ってあげてね」



〜 Sleeping love 〜


「……先生。いま、仁道、て言うた?」
「うん? そう。おさげに眼鏡の可愛い生徒会役員さん……会議の間、ここの留守番頼んだのよ。わたしが戻ったら、すぐ帰ってしもうたんやけど」
「 仁道らしい…… 」
 笑って、輝晃は呟いた。
(そうか、ここにいたんや……起こしてくれたら、よかったのに)
 あら? と先生は目を瞠った。
「なんやの、知り合いやった?」

「知り合いっていうか――」

 輝晃は意味深に言葉を切って、驚く先生に決然と微笑んだ。
 その答えは、ちょうど響いたチャイムと重なって彼女の耳には届かなかった――けれど。
「あらあらあら、まあ。そういうこと……」
 青春やねぇ、と白衣の彼女は誰もいなくなった保健室で口にして、彼の気持ちを察した。


*** ***


( 俺の一方的な片想い…… )
 それは。
 今も、変わらないのかもしれない。


 キスをして、ベッドに彼女の背中を押し付けた。
 唇を合わせて、舌を絡ませる。苦しそうに喘ぐ彼女を仕方なく解放すると、「はぁ」と息をついて輝晃を困ったように見た。
「あかん?」
「輝くん……ダメなものは、ダメなんよ」
 キスは許す。けれど、それ以上を求めると小槙の返事はつれなかった。
「……我慢、でけへんの?」
「そういうワケやないけど、男の生理っつーか。まあ、イロイロ」
 ゴニョゴニョと言い訳じみた言葉を濁すと、小槙は頬を染めて……「ごめんな」と謝る。
「輝くんに無理をさせてるんは、わたしが悪いと思ってる。けど、結婚まではしたくないねん……輝くんがツライんやったら、マンションに戻るし――」
 馳輝晃こと俳優、八縞ヒカル〔やしま ひかる〕が幼馴染との交際宣言をしてから、騒動を避けてホテル住まいをしている彼女だったが時間もいくらか経ち、報道の熱も沈静化している。
 今なら、従来のマンションでの生活に戻っても大丈夫だろうと考えた。
 が。
 そんな小槙の考えも輝晃はアッサリと却下した。
「おまえは何も分かってないんや」
「でも……」
「でもやない。アイツらの執拗さも、俺の気持ちも軽く見すぎや」
 小槙の身体を抱きしめ、輝晃はため息をつく。
 びくん、とその息に彼女の身体が緊張して、衣服の上から線を辿るとふるえた。
「輝晃くん!」
「俺はおまえがしたくないんやったら、付き合う。どんなに辛くても我慢したるから……小槙」
 薄暗い寝室のベッドの上、身体を持ち上げた輝晃がまっすぐに彼女を見下ろした。

「 一緒に居てよ 」

 その言葉に、小槙は何故だか胸が切なくなった。
「一緒に居て、いいん?」
「当たり前や。こうして眠れるだけで……ホントは ずっと 恵まれてるんやから」
 腕に彼女を包んで、その頭へと口づける。
 ふわりと漂う、シャンプーとベビー石鹸の匂い。
 腕に抱くことさえ叶わなかった あの頃 からすれば――繋がり合えないくらい、どうということもなかった。早く「結婚」してしまえば済む程度の試練は、壁じゃない。

「うん。わたしも……こうして眠りたい」

 すりすりと頬をすり寄せて、小槙は幸せそうに微笑んだ。
 そんな彼女を抱きしめて眠りながら、彼女を愛する夢を見る。
(やっぱり、蛇の生殺しだよなあ……)
 と、輝晃は複雑に思い、まどろみへと落ちた。


 >>>おわり。


 

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