「 ごめん……俺、仁道が好きなんだ 」
中学二年の春。
ハジメテ好きになった男の子は、そう言っていつもは見惚れるような笑顔を照れたように困らせた。
「カナコちゃん、元気だしてよ。わたしはカナコちゃんのこと好きやから! 馳くんの見る目がないねん」
初恋の彼、馳輝晃〔はせ てるあき〕が好きだと言ったのは、佐藤カナコの親友である仁道小槙〔にどう こまき〕だった。
黒髪に黒ブチの眼鏡……左右に分けたおさげをしていて真面目で大人しい女の子だ。
カナコが、輝晃にふられたと知って真剣に心配してくれる。
「ぷっ。小槙ちゃんってホンマ可愛いなあ……」
優しくて、頭がいいクセにちょっとぼんやりとしたところがあるのがご愛嬌……カナコは、ハジメテの失恋で胸が泣きたいくらい痛いのに、何故か笑ってしまう。
(……可愛いから、憎まれへんねん)
そして。
それが、ちょっと憎らしい。
なんて、変な感じ。
「え? なにやて」
小槙は、カナコをふった彼が 本当に 好きなのは 自分 などと思ってもいないらしい。
「んーん。なんでもないよ? 輝晃くんは見る目がないワケやない、という話」
そういうトコロが、親友の彼女らしくて……大好きなのに。
その時は、正直に彼女に伝えることができなかった。
(――だって、ホンマに思わんかったんやもん。小槙ちゃんがそんなに鈍いやなんて)
そして、彼が何もせずに終わらすなんて……カナコは信じられなかった。
〜 初恋と親友と 〜
夏の初めに開いた、十年ぶりの同窓会で彼はやっぱり彼女のことが好きだった。
『 送る 』
「悪がきトリオ」の一人、三宅大地〔みやけ だいち〕に絡まれた小槙を救い出した輝晃は仏頂面を隠そうともせずに言うと、戸惑う彼女の手を引っ張って会場から出て行ってしまった。
あとで、小槙に連絡を入れてみれば……そのまま、彼女を送ったらしい。
「………」
本当にそうだろうか?
カナコはその時は深く追求しなかったが、考えてみればあの 輝晃 が 小槙 に何も言わずに別れるのはおかしい。
学生の頃ならいざ知らず、今は有名な若手俳優として活躍するようになった八縞ヒカルこと馳輝晃が、次にいつ会えるかも定かでない彼女を手離すワケがない。
次の約束をするなり、告白するなりのアクションを起こして然るべきだ。
なのに。
『なっ! さ、されてへんよ? まさか……』
電話口の彼女の言葉を思い出す。
(小槙ちゃん、まさか……)
弁護士になった彼女の勤める弁護士事務所は「東京」。
そして、俳優である彼の拠点も東京だ。
(そういえば、同窓会の電話を入れた時も妙やったわ――なるほどなあ)
『ははっ。そ、そうやろか?』
同窓会のあとの電話でカナコの言葉に曖昧な相槌をうった彼女の下手な嘘を思い出して、「あーあ」とため息をつく。
「やられてしもた。うちとしたことが」
地元、年越しの神社境内でチラリと見た見覚えのある人影は、確かにあの二人だった。
「小槙ちゃんに騙されるやなんて……不覚やわ」
カナコは笑って、夜の境内の灯篭に照らされる小槙と輝晃の姿を眺め、そろりそろりと近づいた。
「わっ!」と、境内の闇から声がして白っぽいコートとマフラーを首に巻いた小槙がふり返る。
「 か! カナコちゃんっ 」
とんでもない現場を目撃してしまった佐藤カナコは真っ赤になって、カチコンと固まっていた。
手を上げたまま動かない親友の彼女に、目撃されてしまった小槙も負けずに真っ赤になる。
傍に立っていた輝晃は派手なスタジャンに黒っぽいジーンズをはいていて、さりげなくサングラスをかけなおす。
「ご、ごめん。邪魔してしもうて……うち、驚かそう思ただけ……やったんやけど」
まさか、二人がこんなトコロで キス するとは思っていなかったらしい。
「成長したんやね……小槙ちゃん」
あんなに奥手やったのに。
しみじみと口にする。
「いやや、カナコちゃん。て、輝くんが悪いねん……あ。えーっと……コレは、その……」
こっ恥ずかしいのか、黙っていたことがバレて後ろめたいのか、頬を染めた小槙は言いよどんでカナコを困ったように見上げる。
「付き合うてるんやろ? ええて。黙ってたことは、うちの中学の頃の アレ とでチャラにしたる」
「ごめんな」
小槙が謝ると、除夜の鐘が響きはじめる。
「今年も終わりやね」
「うん」
「来年もよろしゅう。そうそう、年賀状も出したから」
見たってやー、とカナコが笑うと、輝晃が意味深に口を開いた。
「小槙、佐藤には あのこと 教えといてもええんとちゃう?」
「でも……」
躊躇〔ためら〕う小槙に、輝晃はくすりと口の端を上げた。
夜中なのにサングラスという風貌は少し浮いている。が、顔の売れはじめた 彼 のことだから仕方ない。
「大丈夫やて。タイミング外すと、ややこしいことになるんやから」
「……う、うん」
「なに? なんの話なん?」
「 あの、ね 」
興味津々と首をつっこんだカナコが、年明け早々に親友から知らされた話は―― 間違いなく この年 一番の 大ニュース、だった。
>>>おわり。
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