「 いつか、心が決まったら指にはめて……見せてよ。分かった? 」
決して、大きな声ではないのに花火の音よりもシッカリと仁道小槙〔にどう こまき〕の頭に響いた 約束 。
「答えて、小槙」
性急な彼の要求に頭が正常に働かない。
もちろん、心だけの問題ではなく、現在進行形で浴衣の上から身体に与えられている本能的な刺激も大いに問題だった。
「うん。分かったから」
だから、胸とお尻にやらしいことをしないで欲しいと切実に願う。
どうにかなってしまいそう……。
「 それと 」
周囲を気にする小槙の気持ちを知ってか知らずか(たぶん前者!)、馳輝晃〔はせ てるあき〕はさらに密着して言った。
「あとで、ココがどうなってるか確認させて?」
と、やけに色っぽく微笑んだ彼が花火の鮮やかな光に照らされた。
目深に帽子をかぶった……その顔は、いつだって見惚れてしまうほどカッコいい。
〜 In summer carnival 〜
「委員長も行くの?」と訊かれて、あれよあれよと言う間にクラスの有志で川原の花火大会に行くことが決まった中学最後の夏、小槙はかなり浮かれていた。
けれど、待ち合わせの駅前に辿り着いた時、ハタとそんな自分に怖気づく。
(浴衣なんか着てきてしもうて……何を期待してるんやろう)
親しい友人のない居心地の悪さ。
一人、ポツンと立ってまだ明るい夏の空を見上げると湿った生暖かな空気がじっとりと肌にまとわりつく。
「仁道」
ハッ、として声のした方をふり返ると輝晃がいた。
「馳くん……こんばんは?」
気恥ずかしくて、まっすぐ彼を見ることができなかった。
「仁道が浴衣とは思わんかった」
笑って挨拶を返してくれた屈託ない彼に指摘されて、やっぱり着てこなければよかった……と後悔した。
(似合うてへんのや……きっと)
「え? そうやろか……変?」
「いや――」
否定してくれた輝晃を仰ぐと、彼を呼ぶ女の子たちの声がかかって彼がそのあとに何を言おうとしたのかは分からなかった。
ただ、小槙の背中を促して「行こ」と笑いかけてくれた顔が優しくて、それだけでも来てよかったんだと小槙を嬉しくさせた。
そのあと。
川原の土手に並んだ露店のひとつで立ち止まっていたら、輝晃が声をかけてきた。
「そういうの好きなんや?」
まさか、彼にそんなところを見られるなんて思わなかったからうろたえた。
しかも、である。
「よっ、若いの。彼女に買ってあげなって」
露店のおじさんの不用意な言葉。
「か、彼女……」
輝晃には笑われるし、自分でも顔が赤くなっていることが分かった。
「ちゃう、ちゃうから……誤解されてるわ。馳くん、行こう」
顔を見ることもできず、彼に言ったらとんでもない言葉が降ってくる。
「え? 買ってあげるって。どれがええ?」
頭がクラクラした。
(馳くんって、ワザとなんやろか? まるでわたしのこと好きみたいに……)
と、自惚れた考えが混迷を極めた頭に浮かんできて、慌てて言い聞かせる。
「そ、そういうのはあかんよ。馳くんが好きやと思ってる娘〔こ〕にせんと……」
小槙にとっては、精一杯のおまじない。
なのに、彼は悪魔の囁きで彼女に期待をさせる。
「だから、仁道にしてるんやけど?」
って、どういう意味?
いなくなった二人を探しに引き返して来たクラスメートたちに輝晃は手を振って応え、違う方の手で小槙の手を軽く取って指に触れる思わせぶりな態度。
「いつか――委員長に指輪買ってあげるよ。約束な」
なんて。
きっと、優しい彼流の社交辞令なんだと 一生懸命 冷静に受け止めようと努力して、首を振った。
*** ***
社交辞令だと思っていたから――彼が、そんな昔の約束を覚えていてくれるなんてそれだけで嬉しかった。
「約束したやろ」
「うん」
露店で買った、シルバーにガラス玉が三つ並んだシンプルな指輪に頬がゆるんだ。
打ち上げられる花火の中、差し出されたもう一つの指輪は……だから、まったく現実味がない。今はガラス玉のシルバーリングの方が、指に馴染んだ。
いつか、もっと違う 指輪 をはめることができたらいい。
そう、思う。
はだけた浴衣からこぼれた片方の胸に彼が吸いついたのが分かった。
「あ……」
シュッ、と帯が解ける音とともに、彼の指先が立てた膝を下りて内腿を撫でる。
ゆるんだ締めつけから、浴衣はしどけなく乱れていく。
リビングのソファに押し倒されて、開いたそこに触れる。小槙は玄関に入る前から疼いていたそこを輝晃に知られていたたまれない気持ちになった。
「輝くん……あっ!」
いきなり入ってきた彼の指に背中が反る。
すでに十分な潤いを示す音をわざと響かせて、さらに小槙を羞恥させた。
「やだ……恥ずかし……い……ん。そんな、やっ」
「恥ずかしい、ってココのこと?」
そう言って、輝晃は小槙の可愛らしい場所を丹念に指で広げた。そのたびに溢れる花弁の滴は弾けていく。
「あっ、あっ、輝くん……いやっ!」
大きく首を振って、小槙は抗い、襲ったうねりに抗いきれずに攫われた。一瞬白く記憶が飛んで、覚醒する。
ビクビクとした余韻が彼女の身体を走って、敏感に晒した。
触れるだけでも感じる、甘い声。
輝晃も笑うしかなかった。
「よく似合うてる……よく似合うてた……小槙」
「……え? あっ」
輝晃の言葉を理解する前に準備を終えた彼が入ってきて、それだけで頭が一杯になった。
「浴衣。中学の時も……今も……可愛いわ」
乱れてはいるものの浴衣を着たままの格好で そういう行為 に及んでいる自分を小槙は冷静に見つめて、真逆ではどうにもならない衝動に身を委ねるしかなかった。
「ホンマに? そう思うてたん?」
なんとなく信じられなくて、訊き返した。
彼の動きが激しくなる。
「なに? 信じへんの? ええよ……思い知らせたる」
「あっあんっ、輝くん! 輝晃くんっ」
結い上げていたハズの髪は、ぐちゃぐちゃだった。
脚を大きく広げられて、輝晃に深く乱暴に貫かれた小槙はすがりつき、アッという間に高みに昇ってしまった。
目覚めた時、輝晃は繋がったまま小槙を見下ろしていた。
「 起きた? 」
嬉しそうに笑った彼に小槙は頭がついていかず、呆然とする。が、すぐにある疑問が浮かんだ。
「なあ。輝くん……もしかして……ずっと、こうしてた?」
「トーゼンやろ。だって、俺はまだイッてない」
「……ごめん」
思わず、罪悪感で謝ってしまう。
小槙が目覚めるまで、彼は我慢していたのだ。たぶん、そんなには長い時間ではなかったと思うが、辛かったのではないだろうか?
男の人の生理はよく分からないけれど。
そう思うと、自分が悪いことをしたような後ろめたい気持ちになる。
くすり、と笑って輝晃は小槙を見下ろした。
髪を梳く。
意識のない彼女の髪飾りをすべてとりはらい、脇のテーブルの上に非難させたのは彼。
これで、思う存分自由にできる……と思っているのか、いないのか。やっているコトとは不似合いに さわやか な仕草だった。
「ええって。思い知らせたるって言うたやろ? 小槙は可愛い。好きやなかったら、俺がプロポーズなんかするか?」
白い首にかかったプラチナのチェーンに通された指輪を指ですくって、輝晃は翳〔かざ〕すようにキスをして見せた。
「あ。喜んでる?」
何に、そう感じたのか。
彼は嬉々と奥深くまでやってきて、ぐりぐりと自身をこすりつける。
「もう、いや!」
バレバレの気持ちに首まで真っ赤になって、小槙は輝晃の足を蹴った。
>>>おわり。
|