「あ。テルー、待ってよー!」
「一緒に帰る、言うたやーん」
「置いてくぞー」と、ドキリとする笑顔をこちらに向けて馳輝晃〔はせ てるあき〕は彼女たちを呼んだ。
きゃいきゃい、と可愛い声を上げて駆けて行く傘二つを眺めて、仁道小槙〔にどう こまき〕はなんとなくまた、通学路の坂の途中にある大きな木を見上げて「いいなあ」と呟いてしまった。
(わたしも、あんなふうにできたらいいのに……そしたら、もっと仲良くなれるかも。でも……)
輝晃が貸してくれた制服。
彼はこんなにも優しくしてくれるのに。――ううん、それが逆に小槙には 大 問題で、なかなか割り切ることができない。
(わたしは、あんなふうに笑われたら簡単に勘違いしてしまう。そしたら、馳くんに迷惑かけてしまうもん)
彼は、きっと無意識だから。
だから、小槙がもっと彼を「友だち」と割り切れる性格だったら……と思わずにいられない。
(……そうや。この制服ちゃんとお礼を言って、馳くんに返さな)
それが、ちょっと小槙を嬉しくさせた。
〜 Rain day memories... 〜
休み時間。
ひょっこ、と隣のクラスを覗くと、目立つ彼の周りには男の子の友だちと集団で女の子もいたり。
(どないしよ……)
小槙は輝晃から借りた制服をできるだけ目立たないように小さな袋に入れて抱え、それでも声をかければそれだけで注目されてしまうことに躊躇した。
親友である佐藤カナコを仲介してもいいのだが……彼女は、つい先日彼にフラれたばかりだ。
心情を考えると、避けたかった。
と、小槙がウンウンと悩んでいるうちに、ふと影が差す。
(あれ?)
顔を上げると、輝晃がいて不思議そうに小槙を見下ろしていた。
「仁道、どうしたん? 誰かに用? あ。佐藤か……」
「ううん」
慌てて、小槙は否定した。
「馳くんに」
「俺?」
「うん。昨日、借りたから……返そう思て」
ああ、と輝晃は合点がいって、少し複雑そうに微笑んだ。
「べつに、そんな すぐに 返さんでもよかったのに」
「……うん?」
彼の言っている意味が理解できず……小槙は首をかしげた。
たぶん、気を遣って言ってくれてるのだとは、思うのだが――。
「そういうワケには、いかへんやろ? 馳くんのやねんし……ないと困るかと思て」
「まあ、な。でも、それが 狙い目 というか」
「はあ?」
狙い目って、なんの?
と、思いつつ、輝晃の表情が優しかったのでぼんやりと見入ってしまう。
「 それに、似合〔にお〕うてたし 」
(カッコいいなあ、やっぱり)
と、思っていた小槙はあんまり彼の言葉を理解していなかった。
褒めてくれている……という大雑把な解釈をして、「ありがとう」と礼を言ったら、輝晃が何とも言えない表情で「あー、うん」と頭をかく。
「仁道やなあ」
と、苦笑いされて、手を伸ばされた。
一年の時よりも伸びたおさげに触られて、その手をそのまま小槙の持つ袋へと滑らせる。
「コレ?」
「うん。そう……本当に助かったから、ありがとう」
「いえいえ」
頭をぺこり、と下げる小槙に彼はくすくすと笑いながら受け取った。
手と手が、わずかに触れて俯く。
「 俺も、仁道に貸したかったから 」
顔を上げた小槙に、輝晃は「じゃっ」と手を上げて背中を向けた。
その日の放課後。
帰宅しようとする小槙に、女の子の集団がやってきて声をかけた。
人気のない教室に連れこまれ、小槙はその面々にビックリする。
(一組の後藤さんに、四組の塚田さん、五組の中村さん……すごい、キレイどころが揃ってる……)
その事実に目がいって、彼女たちの態度が険悪なことに気付かない。
「仁道さん、いくらテルに好かれてるからっていい気にならんとってほしいねん」
「今日のアレ……まさか、付き合〔お〕うとる?」
「佐々岡さんたちから、昨日坂のところで一緒におったとか聞いてんけど……」
「輝くんから、告白されたん?」
矢継ぎ早に訊かれて、小槙は目をパチクリと瞬〔またた〕いた。
「え? 馳くん、誰かに告白したん?」
知らなかったので、思わず問い返す。
輝晃が誰かに告白された、という噂はよく耳にするが、彼が誰かに告白するなんて初めてだった。
もしかして、この女の子の中の誰かだろうか?
そう考えると、みんなキレイなので、それらしく映る。
「そうじゃなくて……」
と、本気で小槙が驚いていたので、女の子たちは顔を見合わせた。
「――まあ、知らんかったらええわ。気にせんといて」
「そうそう」
「仁道さんは、ずーっと そのまま でいてくれたらええわ」
蔑むように笑われて、「テルもかわいそー」と去っていく彼女たちに小槙はなぜか胸が締めつけられた。
「変やの……わたし、泣いてる」
眼鏡を外して、涙の流れた頬を拭う。
視界のはっきりしない世界で、小槙はどんよりとした空の夕焼けを眺めた。
*** ***
坂の途中にある 大きな木
雨の音を聞くと 思い出す
君の笑顔
制服の匂い
夕陽がにじんで せつなくなった
まだ おぼえている
君の笑顔
制服の匂い
そんな詩を書いていた――。
朝、起きると目の前には裸の男の人の胸があって、首のところには腕枕、背中に手が廻っていて、足も絡まっている。
小槙は昨夜のことを思い出し、脱衣所、浴室だけでなく、ベッドでも激しくされたのだと襲ってくる気だるさに思い知らされる。
(カッコいいと思うて……)
まだ、ぐっすりと寝入っている輝晃の罪のない寝顔を睨み上げ、怒りよりも愛しさが増すのを感じる。
(そうや、昨日の服……洗濯機に入れたままや)
思い立ち、身を起こそうとしてハタと気付く。
自分が裸で、着るモノがないという現実。
手近にあるモノをとりあえず、代用するしかない。
「輝くん、輝くん!」
「んー……なに? 小槙」
「コレ、借りていい?」
手近にあった、輝晃のワイシャツを手にして、小槙が訊いた。
恋人同士という間柄になっても、生真面目な彼女の中に「無断拝借」という言葉はないらしい。
「……借りるって、着るの?」
ぎゅう、と抱きしめ、囁く。
小槙はもがいて、「当然や!」と彼の腕から這い出た。
「着るから、借りるに決まってるやん! いい?」
「いいけど」
裸の彼女が、男物の大きなワイシャツに腕を通して、テキパキとボタンを留める仕草を輝晃は静かに眺めていた。
「――輝くん、あとでアイロンも借りていい?」
脱衣所で乾燥機に服を移してきた小槙は、「来い来い」とベッドの上の輝晃に呼ばれて近づいた。
「いいけど。その代わり――」
ぐい、と腕を引き寄せられて、ベッドの中へと引きずりこまれる。
「え? あ。ちょっ……待って!」
「 貸借契約ってコトで 」
抵抗する小槙の腕に自らの手を重ねて、輝晃は微笑んだ。「このまま、させて」と、組み敷いた彼女を見下ろしてくる。
「な。なに言うて……」
「そんな「 俺のモン 」みたいな格好されたら、本当に 俺のモノ にしたくなる、つーか。なあ? 諦めてくれへん?」
腰に腕を廻され、手首をとられた小槙は、輝晃に唇を塞がれて何も言うことができなくなった。
>>>おわり。
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