ぽたぽた、と木から落ちる大粒の雫。
赤い傘を差したおさげの少女は、長い間そこに立って動かなかった。
「仁道?」
と、馳輝晃〔はせ てるあき〕は彼女、仁道小槙〔にどう こまき〕に声をかけて上を見上げた。
大きな木からは、しとしとと降り落ちた雨が新緑にたまって大きくなり、時々弾かれるようにぼたぼたと落ちてきた。
ふり返った小槙は、「あっ」という顔をして少し恥ずかしそうに笑った。
「馳くん、帰るん?」
「そうやけど……仁道はここで何してるんや?」
本当はずっと眺めていたとは言わずに、訊いてみる。
「え? べつに何もしてへんよ?」
と、答えて「気にせんといて」と首をかしげる。
(コイツって、無意識にこういう顔をするんやろか……追求でけへんやん)
と、とても気になったが、物分りよく「そうか?」と相槌をうった。そして、ふとある事実に目がいって、釘付けになる。
「どうしたん? 馳くん……なんか、顔赤い」
長い間、雨の中を立っていたせいか、夏服に衣替えした彼女の服は透けていて、下着が薄く見えていた。
(ど、どう言ったらええんや……柄まで見えるんやけど、なあ?)
思わず目を泳がせて、向こうから生徒が来るのを見つけて慌てて、輝晃は学ランの上を脱いで差し出した。
彼女のコレをほかの誰か――特に、男子に見せるワケにはいかない。
絶対に。
「 え? 」
しかし、当の小槙はまったく気付いていなくて、輝晃の行動を理解できていなかった。
「まだ、寒いだろ……その服装じゃ」
「え、でも……わぁっ!」
と、自分の制服を見下ろして、ようやく彼女は気付いたらしく胸元を隠した。
「えっと、えっと。馳くん、制服はええよ。鞄で隠していくし」
真っ赤になって言って、小槙は輝晃の制服を受け取ろうとしない。
しかし、それでは輝晃の気がすまない。
前は隠せても、後ろは隠せない……それでは、意味がないだろう?
「 あかん。ええから、着ろ 」
「……う。うん、わかった」
あまりに強く彼が差し出すので、小槙は断りきれずおずおずと受け取ると、「ありがとう」と小さく礼を言った。
〜 雨の日のひみつ 〜
そして、学ランを着た小槙はその大きさにビックリして「おっきー」と目を瞬かせた。
袖は彼女の指先まですっかり隠してしまうので少し折らないといけなかったし、裾は足の太腿あたりまである。
「まるで、ウィンドブレーカーみたいや」
と、小槙が言うのを輝晃はぼんやりと聞いていた。
「馳くん?」
あまりに反応がないので、訝〔いぶか〕しんだ小槙が不思議そうに見上げてくる。
「う。ああ、ごめん……つい、見惚〔みと〕れてもうて」
「見惚れ?」
さらによく分からないと眼鏡の奥で眉を寄せる彼女に、輝晃は抱きしめたい衝動にかられた。
(だって、仕方ないやろう……むっちゃ、ええ! まるで、俺のモンみたいや――)
しかして、彼の幸せは長くは続かない。
いつだって、そうなのだ。
「あ! 輝くん発見やっ」
「テルー、なにしてるん?」
坂を下りてくる二つの傘に、輝晃はげんなりとなった。
(……寄ってくんな。俺の至福の時やねんから)
と、心中で毒づいたところで、彼女たちに通じるワケもなく腕をとられる。
「一緒に帰ろー、ええやろ?」
(って、おい。俺の意思は無視か?)
「あれ、仁道さん?」
そして、見た小槙の格好にギョッとする。
「それって、馳くんの?」
うるさいのに見つかってしまったと、輝晃は思って仕方ないと諦める。
もちろん、小槙と帰りたいのは山々だが――。
(仁道のあの姿を知られるワケにはいかへんし……)
「俺、帰る。仁道、じゃあ気をつけてな」
「……うん。バイバイ、馳くん」
遠慮がちに手を振る仕草に、また心臓を鷲づかまれて……(あかんあかん)と足早に坂を下りた。
「あ。テルー、待ってよー!」
「一緒に帰る、言うたやーん」
いや、約束してないから。
輝晃は彼女たちの手前勝手な言葉にツッコみながら、立ち止まり「置いてくぞー」とにっこりと笑って、ふり返ってみせた。
*** ***
「犯罪的に、可愛かったなあ……アレ」
浴室で呟かれ、小槙は真っ赤になった。
さて、今日はちょうど雨が降っていて、傘をさして輝晃の住むマンションにやってきたのだが……もちろん、こういう話になったのにはワケがある。
傘をさしていたのはいいのだが、思いっきり車道を走るトラックに水を引っかけられてしまったのだった。
で、扉を開けた輝晃は小槙の格好を見るなり、脱衣所に連行、ずぶ濡れになっていた彼女の姿は彼にはたまらなかったらしい。
「ピンクのカエル」
スーツの前を開かれて、ブラウスに透けるブラの柄を見た時……輝晃はそれはそれは懐かしそうにくすくすと笑った。
いや。笑われた、というべきか。
彼に言われて、ようやく小槙も思い出した。
「趣味、全然変わってへんねんな……可愛いわ」
「て、輝くんのスケベ。シッカリ、あの時見てたんやん」
悔しくて、小槙は苦し紛れに睨み、目の前に彼の前髪が落ちてきて唇を塞がれる。
「 当たり前 」
と、耳元で囁かれると、あとはアレよアレよと言う間に服を脱がされ、まずは一回脱衣所でいたされてから浴室に連れこまれた――。
「――俺の学ラン着とって、おまえ小さくて、俺のモンって感じやったし?」
準備を終えて入ってきた輝晃がゆるやかに動くと、湯船が揺れてちゃぷちゃぷと水音が響いた。
その間、小槙の可愛い声が洩れて明るい浴室に反響し、やらしいことをしている気分が高まった。
実際、やらしいことをしているのだから、当然と言えば当然か。
しかし、聴覚と視覚というのは、あればあるだけ盛り上がる。
「な、なんやねん。そ……んなこと、いま、言わんでもええやん……恥ずかしいわ」
恥ずかしさのためか、それとも官能の最中のためか、はたまた逆上〔のぼ〕せかけているのか――頬を染めて、小槙は輝晃を見上げた。
小槙が輝晃の心を鷲づかみにする格好というのはいくつもあるが、その中でも上位にあるだろう 裸 。それに、照れた顔。甘く掠れる声。
これだけ、揃えば十分だ。
「あん……や、あかん!」
「あかんや、ないて。「ええ」やろ? 小槙」
反応する小槙の中を縦横無尽に突き上げて、輝晃は彼女の天を向いた胸をなで上げた。
「 輝晃くん! 」
びくっ、と恍惚に溶ける彼女の腰が浮いて、痙攣する。最後のそれに輝晃も促され、最奥に達すると深く突き上げ、迸った。
「よかった?」
と、繋がりあったまま訊くと、バシャッと軽くお湯をかけられる。
まだ、荒い息のまま、小槙は恥ずかしそうに身をよじった。
そんな彼女を意に介さず、輝晃はあの時追及できなかったことを訊く。
「ところでさ、あの時、本当はなにしてたん?」
「 知らん 」
小槙は、そっぽを向いて答えなかった。
>>>おわり。
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