焼けと机と室と。 プレイボール プレイガール


〜NAO's blog〜
 ■小槙さんと輝晃くんの、過去話+中学一年・初夏■



 「えいっ!」とラケットを振った仁道小槙の横を、黄色いテニスボールが跳ねていく。
 小槙はそんな思い通りにいかないボールを目で追って、ネットの向こうで立つ馳輝晃に困ったような表情で向き直る。
「そんなに笑わんでも、ええのに」
 ぷくく、と笑いを堪えながら、ちっとも役にたっていない彼の表情に頬をふくらませて恨みがましく睨む。
「は、初めてなんやもん。しゃーないやろ!」
 それにしても、たどたどしいフォームには 運動神経 の良さは感じられなかった。もちろん、やったことがない……というのが、大きく起因しているのだとしても。
「そーいや、あんまり運動は得意やなかったよな?」
 八縞ヒカルの交際宣言を受けて、ホテル住まいになってしまった彼女を気分転換にホテル直営のテニスクラブに誘ったのは だった。
 長い時間ホテルの部屋に缶詰では、運動不足になるし気も滅入る。まして、とある運動の禁止令を出されている今は輝晃自身も精神衛生上イロイロと問題があった。
 体でも動かせば……と思いついたのが、テニスコート〔ここ〕だったというワケだ。
 ホテル直営というだけあって、利用者も限られているから人目もあまり気にならない。時々、チラチラと視線を向けられることはあるが、そ知らぬフリを徹底する。
 むっ、と小槙は唇をすぼめて、横を向いた。
「そんなこと、あらへん」
 それは、嘘だと輝晃は思う。
 もともと小、中、高校と同じ学校の幼馴染である彼女のことは、大抵お見通しである。少女思考で夢見がち、趣味は読書で努力家、真面目な性格は短距離よりも長距離のほうに向いていて、勝ち負けにはこだわらないが 負けず嫌い ――。

( だったよな? )

 ラケットを胸に抱いて、大きめのスウェットにジャージパンツ姿の小槙の頑固な横顔を眺めて、輝晃は「そうか?」と懐かしむように目を細めた。



〜 プレイボール プレイガール 〜


「仁道」

 中学一年の制服が夏服に変わった頃。
 昼休みも終わる学校の校庭で振り返ったまだ短いおさげ髪に黒ブチ眼鏡の少女は、らしからぬ顔を輝晃に向けた。
 その顔は、最初おっとりと首を傾げ、
「 馳くん! 」
 ハッと鼻の頭を隠して、上目遣いで彼を見た。
「み、見た?」
 慌てて隠しても、もう遅い。
 こくり、と頷いて、
「 シッカリ 見た。どうしたんや? そのバンソーコー」
 ヤンチャ坊主のように鼻の頭に絆創膏を貼った小槙は、恥ずかしそうに口ごもる。その仕草が、いちいち輝晃の心臓を直撃しているとは知らないあたりが彼女らしい。
「もうすぐ、球技大会やろ? だから――」
「ああ」
 そういえば、そんな話の出場競技やらを少し前のHRで決めた記憶がある。
「そーいや、そうやな。俺はサッカーやったような?」
「そうなん? 馳くんは足速いし、攻撃も上手いからきっと活躍するやろね」
 にこにこと無邪気に褒めて、「見に行く」と社交辞令のように笑うから輝晃は首をすくめた。
「見に来るだけ?」
「え?」
 よく分からないと首を傾げた彼女に、笑顔のお返し。
「応援はしてくれへんの?」
 と、意地悪なことを訊いてみる。
 クラスの違う彼女が、輝晃を応援するのは難しいだろう。

「……応援? 馳くんを見に行くんやから、応援もするに決まってるんとちゃうの?」

 思わず、輝晃は耳まで熱くなった。
(うわっ、ヤバイ。嬉しすぎや……ナンやコイツ、ワザとか?)
 そんなワケはないと思いながら、小指を出す。
「……じゃあ、約束な」
「うん?」
 まったく、無自覚な彼女は輝晃のその差し出された指に、反射的に自分の小指を出して……あっ、と思う前に絡められ俯いた。
「嘘ついたら、針千本……絶対やぞ」
「う、うん」
 こくこくと頷く小槙に、輝晃はにっこりと笑って訊いた。
「仁道はバレー?」
「う、うん。そう」
 まだ少し動揺しているのか、小槙はこくこくと頷いて「あれ?」と不思議そうに輝晃を見上げた。
 輝晃は自分の鼻の頭をトントンと示して、くすりと笑う。
「練習、頑張って?」
 あ、という顔をして、小槙は鼻の頭を隠しつつ「うん、頑張る」と頷く。
「俺も、見に行くし」
「……なんで?」
「そら、仁道の活躍見な……あかんやろ?」
 笑いかける輝晃の言葉を難しい顔をして咀嚼すると、小槙は「意地悪やねんから」と睨んだ。
 その表情が可愛くて――もうちょっと、そばにいたいと願ってしまう。

「 輝晃くん、もうすぐ予鈴やよ! 」

(えーい、うるさい!)
 同級生の女の子数人が急かすように外野から呼んだ。
 小槙が気遣わしげに仰ぐのを見て、輝晃は「早よ、早よ」と追い立てる背中の声にキッと目つき鋭く制して、「今、行くわ!」となげやりに答えた。



 ボールの軌道線上をとらえて、回りこみラケットを振る。
「やっ!」
 ぽん、と当たったボールは空に上がって、芯でとらえてないがためにへろへろとした放物線を描いて輝晃の足元に落ちる。
「当たった!」
 自分でもビックリしたとばかりに言って、ネットまで駆け寄ると小槙の返してきたボールを器用にラケットで拾い上げる彼に報告する。
「なあ! 見た? ちゃんと前に飛んだやろ。わたしかて、頑張ればっ……」
「ん? なんや、どうかした?」
 急に表情を曇らせた小槙に輝晃が、覗きこむ。
「……あ。う……輝くんは、こんなん面白くないかもしれんけど。ラリーとかでけへんし」
「 アホか 」
 しゅん、となった彼女に呆れたように言って、輝晃はその耳元にそっと囁いた。

 ――コレは、エッチの代わりやねんから。

 真っ赤になる耳を確認して、体を離し笑ってみせる。
「 せやから、小槙とやないと 意味 がないんや 」


 >>>おわり。


 

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