焼けと机と室と。 純〔ピュア〕・親〔ディア〕・涙〔ドロップ〕


〜NAO's blog〜
 ■小槙さんと輝晃くんの、過去話+中学三年・卒業式■



 息を吐くと、まだ白い。
 しかし――。
 足の底から這い上がってくるような寒さも、そろそろ終わりが訪れるだろう。



〜 純・親・涙 〜


「 仁道? 」

 呼ばれて、仁道小槙〔にどう こまき〕はビックリしてふり返ることができなかった。
 三年前の入学式のときにはできたことが、今はとても難しい。それが寂しくて、悲しい。
 こぼれそうになる涙を我慢して、小槙は俯き加減でそっと彼のほうを見た。
 眼鏡をしていてよかった、涙を隠すことができる。
 詰襟の紺の学生服は下のシャツを含めてボタンがなかった。彼・馳輝晃〔はせ てるあき〕なら仕方ないとは思いながら、胸が痛む。
(どうしてなんやろう?)
 と、不思議に思う。
 こんなふうに話すことは時々あったけれど、クラスメートではあっても友人ではなかった。
 薄っぺらい関係は、この学校という組織から離れてしまえば簡単に切れるような希薄さなのに……本当に切れてしまうのだと思うと泣きたくなるほど悲しかった。
 また目が潤んだ。
(泣いたらあかん……変に思われる)
 俯いて顔を隠したまま、小槙は言い聞かせた。
「馳くん、どうしたん?」
 何気ないフリをして、訊いてみる。すると、彼のほうが変な顔をしてそっぽを向いた。
「それは俺のセリフ。仁道こそこんなところで何してんるんや?」
「……べつに、何もしてへん」
 表のグラウンドや校舎内ではまだ、別れを惜しむ生徒たちが写真やらサイン帳やらをやりとりしていることだろう。小槙だって、友だちとさっきまではそうやって別れを惜しんでいたのだ。
 小学校時代からの友だちである佐藤カナコとも、高校は離れしてしまうし。
 当たり前のようにあった日常は、卒業してしまえばアッという間に 過去 になってしまうだろう。
 そう――こんな気持ちさえ、過去になってしまうのだ。
 胸にあるのは、きっと ささやかな 感傷だから。
 校舎裏に来たのは、なんとなく泣きたかったからだ。
「寂しいなあと思て……あ、分かった。馳くんは逃げてきたんやね」
 女の子たちから。
 きっと、彼女たちがいては落ち着くこともできなかったに違いない。
 笑って小槙は、笑えたことにホッとして顔を上げた。
 輝晃はそっぽを向いたまま、否定も肯定もしなかった。小槙をチラリ、と見ると、少し驚いたように目を開いたので慌てて俯いた。
(泣いてたの、バレてしもうたやろか?)
「伸びたよな」
 そう言って、伸ばされた彼の手は彼女のおさげに触れる。
「ひゃっ!」
 思わず身を引いて、小槙は自分の過剰反応に恥ずかしくなった。
「ご、ごめんなさい。つい」
「いや――」
 と、輝晃は伸ばした手を止めて、「俺もごめん」と困ったように笑った。
「じゃ! じゃあ! わたしもう行くから……馳くん、卒業おめでとう」

 走り去ろうとした間際。

 ハシッ、と掴まれた手首に小槙は戸惑った。そして、さらに繋がった輝晃の言葉に理解ができなくなった。
「仁道……コレとソレ、交換せえへん?」
 彼の手の中にあったのは、学生服の金ボタン。
 指し示したのは、彼女の臙脂〔えんじ〕色のスカーフだった。
「え? なんで……」
「おまえのやったら、ご利益ありそうやからな。明日、受験やろ? 俺、じつは危ないんや」
 極上の笑顔で頼まれると、何も言えなくなった。そうなのか……と納得さえして、小槙はスカーフを渡して、金ボタンを手に入れる。

「 受かったら、またよろしくな。仁道 」

「は? あ……馳くん?」
 どういう意味か、わからなかった。
 顔を上げたとき、彼はすでに背中を向けていて去っていくところだった。  


*** ***


 輝晃が小槙と同じ高校を受験すると知ったのは、次の日の公立受験の当日だった。
 また、同じ学校に通えるかもしれない……そう気づくと、感傷的だった気持ちがストンと落ち着いた。
 その時は、自分の気持ちさえ理解してなかった。
 欲しかったのは、甘い約束。
 淡く切れそうだった関係は、また続く。小槙のところに残った金ボタンが、その継続の唯一確かな証〔あかし〕のようだった。


 自分の部屋でテレビを見ていた小槙は足を抱えて、ソファにこてんと転がった。
 テレビでは八縞ヒカルと西加賀葵が出ていて、よくある行き違いから言い争いになっていた。けれど、互いの気持ちはハッキリしていて……そのうち、仲直りをしている。
 キスをする二人を見て、目をそらした。
(あかん。わたしって、欲求不満なんやろか?)
 思い出してしまう、彼のキス。
 もちろん、テレビに出ている八縞ヒカルが小槙の彼、輝晃本人だというのも大いに関係があるとは思う。
 ここ、最近はドラマの視聴率も好調で、ほかの撮影も多くなっているからなかなか会うような時間がない。小槙の体と仕事の関係もあって、一ヶ月ほどご無沙汰だった。
 唇に彼の感触が蘇ると、甘い味が広がった。
「 キス、したいなあ 」
 口走って、赤くなる。時計を見ると、そろそろいつもの電話〔=定期コール〕の時間だった。

 ――キス、したい。

 なんて、本当の本当はいつだって彼を欲しがってる。
 なのに素直に口にできないのは、度を過ぎてしまう のせいだ。


 >>>おわり。


 

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