焼けと机と室と。 手の中の金ボタン


〜NAO's blog〜
 ■小槙さんと輝晃くんの、恋愛話+恋人時代・冬のはじめ■



 「いずみ弁護士事務所」の入ったビルから、仕事を終えて出てきた仁道小槙〔にどう こまき〕は都市道路を走る車のいくつもの鮮やかなヘッドライトが流れる中、それを背にした彼の立ち姿に息を呑んだ。
 街灯から背を離した彼は、長いコートとサングラス、それに深く帽子をかぶった格好で彼女に近づいた。
「馳くん」
「「輝〔てる〕くん」やろ、小槙」
 馳輝晃〔はせ てるあき〕はサングラスをずらして、にっこりと笑った。
「て、輝くん……なんで、ここにおるん?」
「もちろん、小槙を待ってたんや」
「な、なんで?」
 自然に彼女を抱き寄せる輝晃の手に、小槙は戸惑った。
「 なんで? 」
 呆れたように輝晃は繰り返して、深いため息をつく。
「せっかく小槙とこういう仲になれたのに会われへんのはもったいないやろ。せやのに、おまえはおまえで 俺が こんなに想うとるのにその態度……慰謝料請求させてもらうで」
「……そんなん、横暴や」
 コートの中に引きこまれて、小槙は小さく抗議した。
 しかし、嫌がってはいない彼女に輝晃はにんまりと唇に深い笑みを浮かべた。
「寂しかった?」
「そんなん、訊くだけ野暮や」
 上目遣いで睨む小槙に、輝晃は我慢できず可愛い彼女の唇に自分のそれを重ねた。



〜 手の中の金ボタン 〜


 ふと、輝晃の空気が険しくなって小槙は首をかしげた。
「輝くん?」
「まずいな、早くここを離れんと……」
「え?」
 ざわざわと通り過ぎる人の目が、次第に確信めいた色に変わる。
 輝晃に促され、サッと人波に紛れた瞬間に後方で騒ぎが大きくなった。
「アレ! 絶対、ヒカルよ」
「八縞ヒカル!」
 若い女性の声に、ザワリと大きく波が起こった。


*** ***


 小槙のマンションは、輝晃のマンションほどではないにしろ、それなりにシッカリとしたセキュリティシステムの入ったマンションだった。女の一人暮らしだと、何かと物騒だからと事務所のボスに勧められて入居を決めた物件だったりする。
「ふーん」
 と、サングラスを外した輝晃に小槙がしがみつく。
「 小槙 」
「寂しかった」
 ぎゅぅぅぅ、と抱きついて、彼女は言って背伸びをする。
 それでも、彼女の力では輝晃にキスをすることはできなくて、彼が屈んでようやくすることができた。
「寂しかったよ……輝くん」
「ホンマに?」
 くすくすと笑う輝晃に、小槙は潤んだ目のままで「ホンマやもん」と抗議した。
「輝くんはわたしだけのモノやないから……さびしいねん」
「俺は小槙だけのモンやよ? おいで」
 と、胸にすっぽりと抱きしめられて小槙は真っ赤になった。
 服の裾から入る彼の手に、仰ぐ。
「な、なんなん……やっ!」
 胸のふくらみを持ち上げられて、ブラをずらして入りこんだ彼の指が彼女の胸の先端を摘んだ。
「て、輝くん……」
「寂しさを埋めてやるから、ココにおいで」
「ん……」
 誘われるままにしがみつくと、これ以上ないほどに密着した。
 首筋に吸いつかれて、痛みを覚える。
「な、何してるん? 痛いわ」
 吸いつく彼を見下ろして、上目遣いの目が笑う。
「小槙は俺のモンやっていう――しるし」
 見てみれば、鎖骨のあたりに赤い痕が見えた。もしかすると、首筋あたりにもそれがあるのかもしれなかったが、見ることはできない。
 ぼんやりと眺めている小槙へ、輝晃が言った。
「小槙もつけてええよ。俺が小槙のモンやっていう、しるし」

 微笑まれて、困惑する。
 「ええ」と許可をされても、小槙にはどうやったら ソレ がつけられるのか、わからなかった。



「こ、こう?」
 ちう、と肌蹴られた輝晃の胸に唇を寄せた小槙が控え目に吸って訊ねると、彼は静かに喉を鳴らして「あかん」と言った。
 小槙の寝室のベッドに腰掛けて二人、向かい合った。
 わずかに開いた扉の向こうの明かりが洩れて、部屋の中を少しだけ明るくする。
「小槙らしいというか……こそばゆいわ」
「……そんなこと言われたかて、わかれへん。どうしたら、いいん?」
 泣きそうな顔をして、輝晃を見る小槙の目は不安定に揺れていた。
「理性が飛びそうや、小槙」
「え?」
 小槙は意味が分からなくて問い返し、次に押し倒された。
「 アッ! 」
 と、思わず声を上げてしまって身じろぐ。
「て、輝くんっ」
「模範演技したる、一回だけな」
 言って、ピンと伸ばされた小槙の手をやんわりと退けて、彼女の露になった胸のふくらみに唇を寄せた。天井を向いた先の、色づく周囲のそばに強く吸いついて痕をつける。
「やぁっ、ああっ」
 そのまま、固く尖った先を含まれて、甘噛みされると腰が跳ねた。
 太腿をなぞって彼の指が小槙の脚の付け根にやってくると、下着をよけて入りこんでくる。
 ギュッ、と目を瞑って小槙はふるえた。
「も、模範演技やて……コレも演技なん?」
 クッ、と小槙の胸に顔を埋めていた輝晃が笑った。
「だから、一回だけやて先に言うてる。コレは 本気 や」
「やっ、ぁん」
 小槙はいつの間にか準備を終えて入ってきた彼に、驚いた。
 この行為には、まだ慣れない――それに。
 彼の首にしがみついて、深くつながった先が当たるのをため息で応じる。
「し、たぎ脱いでな……んんっ」
「おまえが誘うから悪い、理性が持たんかった」
 動きながら言われて、小槙は(どういう意味やねん)と口にしたいのにできなかった。ただ、彼の首に強く唇をつけて、歯を食いしばる。
「小槙」
「な、なんやねん……それどころや、ないのに。アッ! これ以上、せんといて……どうにかなってしまいそうやっ」

「ああ、俺も」

 眉根を色っぽく寄せた輝晃に、小槙の溶けそうな脳天は痺れた。中が彼を締めつける。
( もう、あかん……わたし―― )
 輝晃の起こす波に呑まれる瞬間、小槙は彼の首筋に自分のつけた鮮やかな痕があるのを見たような気がした。


*** ***


( ちょっと、目立つかな? )
 と、輝晃は鏡面の前に立って、首をかしげた。その首筋の高いところに残るのは、赤い歯型。
 今、彼の後ろのベッドですやすやと寝息を立てている小槙がつけたモノだった。
 その彼女の身体には、輝晃のつけたキス・マークが点々とついていたりする――。
(どうやって隠そうかなあ)
 のんびりと幸せな悩みを抱えて、ふと鏡面の前に置かれた小物のひとつに目を止める。
 古ぼけたそれには、見覚えがある。

( ずっと 持っててくれたんやな…… )

「 小槙 」

「……ん。なに?」
 身じろいで身体をよじると、小槙はうっすらと目を開けた。寝起きのゆっくりとした動作に、輝晃は彼女の瞼にキスをする。
「輝くん?」
 不思議そうな小槙に、輝晃は微笑んで「ありがとう」と言った。

「は? 何のことなん??」

 まったく理解できなくて、小槙は目を瞬〔しばた〕かせて朝から 何かに 喜んでいるらしい の情熱的なキスに驚いた。



 金ボタン――それは、消えることのない 彼からの キス・マーク。


 >>>おわり。


 

BACK