企画1-W.雪棲獣小編
■ 本編「月に棲む獣」の番外SSです ■
この「雪棲獣小編」は、
本編「月に棲む獣」シリーズの企画番外です。
バレンタイン企画「馬恋隊挿話」のその後。
短いわ!
白い雪の中にいれば、その身の色を思い出す。
決して、美しい色ではない。
だからと言って、今更美しい色になろうとも思わない。それほどに……しみついてしまった色は自分に 一番 相応しいのだろう。
「――今更、人並みの 生き方 をしようとも思わないしな」
白い息を吐いて、星のない夜の曇天を仰ぐ。
「榛比〔ハルヒ〕?」
旅籠から出た彼を探してやってきたのだろう同行の彼女が、町外れの雪深い場所に突っ立つ影に声をかける。
彼と彼女は、国内でいわゆる「 お尋ね者 」になっている逃亡者。
この国の皇帝である世旻帝〔セイミンテイ〕の息子である皇太子、荊和〔ケイカ〕の花嫁であった彼女を彼が攫ったというのが、その罪状である。
「……ああ、春陽か」
優秀な皇帝付きの護衛女官であった彼女に目を向け、すぐに反らす。
(人並みの生き方は諦めていた。だが、こんな茶番じみた逃亡劇にくわわるつもりも毛頭なかったんだ。俺は――)
まして、傷の癒えた彼女に付き合う義理はもうない。
「榛比、何を考えているの?」
腕に掴まった女性の細い腕は、まやかしだ。巨漢を簡単に薙ぎ倒す戦闘能力を持つ彼女は、榛比の支えなどなくても生きていけるほどに強い。
そうして、精神面は運動能力の比ではなく、彼のそれを凌ぐだろう。
「べつに、なにも」
と、呟いて、女の赤い唇に視線がいく。
楽しげに春陽の唇が笑い、「あなたは嘘が下手だから」とシッカリと捕まえる。
「逃がさない」
「ハッ、もう遅い」
なげやりに言って、その言葉に危機感を覚えたらしい彼女の強い力にほんの少し溜飲をさげる。
(「もう遅い」――おまえから離れられるなら、とうの昔に離れている)
「 あの甘ったるい 媚薬 のお返しをねだられる前に 」
春陽の思惑にしっかりとハマっている 自分 に嫌気がさす。だが、彼女に執着されるのは嫌いじゃない。
「榛比、それってどういう意味?」
「……三倍返しでいいんだな? おまえの傷口が痛むかもしれないぞ」
旅籠へと踵を返した彼に、彼女は抱きつき「構わない」と頬を彼の背中につけた。やんでいた雪がはらりはらりと二人の上に舞い降り、あたりを白く閉ざしていく。
「雪よ、榛比」
「ああ、しばらく荒れそうだな」
それは、数日旅籠〔ここ〕から動けないだろうという 予感 だった。
幕。
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