番外1.とある山の社で。「住職の証言」

■ 本編「月に棲む獣」の番外SSです ■
この「住職の証言」は、
本編「月に棲む獣」シリーズの番外です。
「月に棲む獣」のあと、「賊に挑む獣」の前の二人。

 その日は、早くに降っていた雨のせいで外気がひどく湿っていた。
 いつものように朝の勤めで外に出た時、その二人と出会った。
 朝靄の中、本尊の祭ってある社へと入っていく旅装の男女は見るからにワケありのようで、私が入っていくと途端に緊張を走らせる。
 特に、男の方は一瞬殺されるかと思うほど、鋭い眼差しを送ってきたからヒヤリとする。
「お勤め、大変ですね」
 と、彼に背負われた少女が言った。
「いえ、お二人は御祈願ですか?」
「ええ、まあ。旅の安全でも頼んでおこうと思いまして」
 にこにこと笑って、彼女は独特の香の香りと湿った森林の匂いに包まれた本尊を仰ぐ。
 と、言ってもここはこじんまりとした社であるので「本尊」とは名ばかりで大きくはない木彫りの憤怒像だった。

「むかし、一回来たことがあるんです――おじいさんは「責められている気がする」と言って苦手そうにしてましたけど、わたしは「優しい顔をしている」と思ったのを覚えてます。行く先からわたしを守ってくれている……と」
「おまえは、おめでたいからな」
 少女を背負った青年が、それは忌々しそうになじった。
「いいじゃない。じゃ、あなたにはどう見えるの?」
「……さあな」
 苦々しく口の端を曲げて顔を背けると、「もう、いいだろ」と言って社から出て行く。
「あ、お手を止めましてすみませんでした。お勤め、続けてください」
 背負われた彼女は、ぐるりと一生懸命体を捻って言うと「あたた」と顔をしかめた。
 どうやら、背中のあたりに怪我でもしているらしい。

「あなたがたも、道中お気をつけください」

 少女に一言忠告をしていた彼がチラリとこちらを見て、ふりかえる。
 彼自身のためではなく、彼女のために。
「 ありがとうございます 」
 にっこり、と笑った少女の笑顔は澄んでいて、朝の山の空気に似ている。
 さすれば、黙している彼の姿は山の姿に似ているのだろうか?
 朝靄の向こうにかき消えた二人、今頃はどこを旅しているのか……私には分からない。



幕。

T EXT
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