企画1-V.バレンタイン宇宙狂想曲


  >>>その前に。
 今回の話は、第一部のその後。
 第二部の再会直後のJ〔ジェイ〕とP〔プリンス〕のお話です。

■ 本編「ジョーカー!」の番外SSです ■
この「バレンタイン宇宙狂想曲」は、
本編「ジョーカー!」シリーズの企画番外です。
「キロキロ日誌」にて、
バレンタイン企画として書いたモノです。



 艦内の広くはない通路を歩いていた銀髪の訓練生は、呼び止められて振り返った。
 年齢は十七になる彼は、訓練生という立場である。が、地位は「中佐」と同等の 特例 を宇宙連邦軍の人事司令部から受けている、 特別な 人間だった。その経緯には、イロイロと込み入った理由があるので割愛して……現在は、軍の訓練生として最後の実地訓練中である。
 本物の船に乗って、艦隊をつくり、統制する。
 もちろん、艦をとりしきるのは上司である教官だが、実践さながらの任務につかされる。
 言わば、最後の関門である。
「キール」
 そんな中でも、浮き足立つイベントはあるようで……ここ、数日は艦内が騒がしかった。

 「セイリア!」と、やってきた にとってはめずらしい、比較的年の近い友人に向き直る。
「ジュリアナ・トキの 噂 を知ってるか?」
「ああ」
 噂話でも何でも、情報収集は軍人の基本だった。
 ジュリアナ・トキは中途採用の訓練生で、アッという間に実地訓練にまで進級した優秀なエンジニアである。その異例の処遇を僻〔ひが〕むものの中では、彼女が上司に媚びを売っただとか実〔まこと〕しやかに騙〔かた〕る者もいたが、現場での対応能力にほどなく霧散した。
 今では、ベテランの教官とも対等に意見を交わすことのできる、訓練生の中では唯一無二の存在だ。
 その彼女について、奇妙な噂が流れていた。
「アレ、ホントかな……チョコレートケーキ製造機を造ってる、っていうのは」
「さあね。彼女ほどの腕があれば簡単ではあろうけど」
 しかし、セイリアこと セイ・フェリア・クロスコード には信じ難いことだった。
「もし、本当なら……あげる相手は誰だろう?」
 彼女には必要のない代物だ。
「……いや。たぶん、そういうんじゃない」
「あ? どういう意味だよ」
 セイリアがやけにキッパリと否定したので、キールは訝しむ。
 詳しくは証明するのが面倒なので、セイリアは彼から視線を外して前を向いた。

(噂をすれば……か)
 通路の反対側からやってきたのは、噂のメカニック訓練生であるジュリアナだった。うねりのある長い黒髪と薄い青の瞳、知的にかたどられた顎のライン。白い軍服の胸にかけられているのは彼女愛用の丸めがねだ。
 彼女は、ふわりと笑って会釈をすると、道をあけたセイリアと押し黙るキールの横を通り過ぎていく。
 長い髪が、靡〔なび〕いた。
 セイリアは、彼女が料理を幼い頃からたしなんでいることを知っている。
 多少、男料理を思わせる 大胆さ ではあるが、不器用ではない 彼女 がチョコレートケーキを作れないワケがないのだ。
 「自分で」作るのであれば、そんな 機械 を造る 必要 は何処にもない――。

「 誰かに頼まれたか……なんかだろ 」
 と、セイリアは耳に光る銀色のピアスを撫で、確信をもってため息をついた。


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 彼女たちが 誰に あげるつもりかなんて、J〔ジェイ〕には興味がなかった。
 その名前を聞くまでは――。

(いや! そうよね。ピーだって男だし。確かに は綺麗だし、連邦軍内ではイチオシの出世頭だし、性格に があってもそりゃあ女の子にモテないワケがないわよ。ただ、ちょっと驚いちゃっただけなのよ)
 そういう対象として まったく 見たことがなかったモノだから……。
 どちらかというと、彼はJにとって 家族的な 意識の方が強いくらいだ。
「……こりゃあ、目からウロコだわよ。あははん」
『レディ、大丈夫ですか?』
 ピアスからQ〔キュー〕の気遣わしげな声が響いて、ハッとする。
「だ、大丈夫に決まってるじゃないの!」
 ぶすっ、と顔をしかめ、キャワキャワとチョコケーキ作りに興じている訓練生仲間の彼女たちから離れて、機械の稼動状態に注意を傾ける。不具合は今のところ出ていない。
 もちろん、事前に試運転を二回ほど行っているから心配はしていないが。
『しかし、流石です』
 感嘆を含んだ相棒の声に、Jは小さく「は? 何がよ?」と面白くないと受けた。
『プリンスです。流石はレディを引き受けるだけの殿方……どうです、レディ。契約しておいて正解でしょう?』

 ぴきっ。

「だーかーらー! うるさいっ。勝手に決めるなっつーの!!」
 予告もなく恫喝した彼女に、周囲にいた女の子たちが一瞬にして黙りこみ、「う、うるさかった? ジュリアナさん」と怯えた声で訊いた。


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 セイリアの腕の中のソレに、キールが呆れたように言った。
「しっかし、スゴイな。あの中将殿やその補佐官准将殿から貰うなんて……おまえって、年上キラーか?」
「……っていうか、義理?」
 キールの驚きようがよく分からないセイリアは首を傾げて、今では定例となりつつあるサンウィーロやフェイといった上級階級クラスからのチョコレートに目を落とす。
 その昔、「なんですか、コレは?」と訊いたら、「投資だ、投資」と明言されたことを思い出す。
「義理でもなんでも、あの女性陣から素で受け取るおまえがすごい。流石は「ジキルの末裔」っていうか」
「………」
 そういうのとは あまり 関係がない……とセイリアは思った。
「ん?」
 と、キールは周囲を見回すと、首を傾げた。
「どうかしたのか?」
 セイリアが訊くと、うーんと腕を組んで「なーんか、視線を感じるんだよな」と呟く。
「ああ、確かに感じるな。でも、珍しいことじゃない」
 この季節には、よくあることだとセイリアは肩をすくめる。その気配は、いつもつかずはなれずでやってきて、何も起こさずに去っていく。
 だから、相手にはしなかった。
「ふーん、そういうもんか?」
 キールは釈然としないと、口をへの字に曲げた。



『って、アンタ! 気づいてて無視してるの?! こんの 鬼畜っ
 キーンと、耳元のピアスから大声を発して、Jが激昂した。
「イチイチ相手にしてられるか? あんなの」
 ハァ、と息をつくと、セイリアは「で?」と促した。
「Jが連絡してきたのって、その彼女たちの結果が気になったからなのか?」
『うっ! まあ、そんなモンだけど。だって、協力した手前……ねえ?』
『レディは宇宙一の 意地っぱり なのです。察してください、プリンス』
 ピアスの向こうで、Qの機械にしては人間染みた気遣いの声に『うわー!』とJが反応する。
『なっ、何言うのよっ何口走っちゃってるのよ! 宇宙一って、そんな 統計 どっからもってきたのよ!! Qちゃんのインチキっ』
『インチキではありません、レディ。私の中の蓄積された データ に基づく公正な 結果 です』

うるさいうるさいうるさーい!

 相変わらずだな、と痛いほどの絶叫に耳を塞ぎ、セイリアは苦笑した。
「 うるさいのは、Jだ 」
『 同意します 』
 ピアスの向こうで、Qも静かに応じる。

『あー、もう! 勝手にしてよ。わたし、バレンタインなんてキライ!!』

 同じ場所にはいない彼らの視線の先には、無限の宇宙空間が広がり、小さな星の光が数多〔あまた〕に瞬いている。
 同じ空間を きっと 見据えている。
 「家族」のような安心感は、「恋人」のそれよりも遥かに得難いと思う――。



fin.

T EXT
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