ハロウィン企画2006.「舌足らずな魔女と黒猫になった魔法使い」


■ 「五つのお題」2006版作品です ■
この「舌足らずな魔女と黒猫になった魔法使い」は、
ハロウィン企画「五つのお題」を使用した作品です。
2005年のハロウィン企画用に書いた話の続き……
のような、別話かもしれません。

使用お題は……ひとつめ、おばけ。 ふたつめ、かぼちゃ。 みっつめ、とりっくおあとりーと。 よっつめ、へんしん。 いつつめ、戸を叩く音(むっつめお題入替で使用)。



「ジャック・ランタンに愛をこめて」


 いつものように、夜は明けて。
 いつものように、朝はやってくる。

 けれど、どんなに平凡でも同じ朝が来ることはなく、何かが 変化 しつづける。

 それは、たぶんよくあることだった。


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 俺の名は、ナーゴ。職業は魔法使いを廃業して、今は黒猫。
 案外、この生活を気に入っている。

 くわ、と大きなあくびをしてナーゴは部屋の窓縁で心地いい午睡を満喫していた――。



 イヤになるほどの平穏、おだやかな日常に突然の終焉が訪れたのは、ナーゴことナサニエル・ゴードンがその時まで棲んでいた城の中、好んで居座っていた玉座でまどろんでいた時だった。
 肘掛に肘を立て、頭を固定するのはお決まりのポーズ。
 その頃の彼は長い黒髪を尻尾のように後ろに細く束ね、黒装束にいくつもの貴金属をつけていた。
「 暇だ 」
 目の端に涙を浮かべて、さきほどあくびをしたのがバレバレな様子で呟く。
 城の下に広がる町に、人ならぬ化け物をはびこらせてみたり。
 天変地異をおこしてみたり。
 流行り病をひろげてみたりしたのはいいが……思うようなワクワクする展開はなかった。
 住人が怯えたり。
 神にすがったり。
 医者に駆けこんだりはしたが……そんなことを望んだワケではない。
「つまらん」
 呟くと、控えていたおっきなカボチャがぷよぷよと近づいてきて、嘆きすがりついてきた。
(うっとうしいな)
 と、まさか主人が思っているとはいざ知らず、おっきなカボチャは言った。
「そうお思いになるのなら、この姿を元に戻してください。ご主人さま」
 チラリ、とそのオマヌケに大きなカボチャの姿を見下ろして、フンと鼻を鳴らす。
「よいではないか。ジャックという名前にはその姿のほうが似合う……しかし、住人どもの反応は今ひとつだったのが、不本意だ。やはり、もう少し愛嬌を出さねばウケはよくないか?」
「 !? 」
 本気なのか、冗談なのか。
 真剣に考えこむナサニエルを、ジャックはカボチャの顔で驚愕した……ようだった。カボチャの顔はカボチャの顔なので、いかんとも判断しがたい。
「おやめください、ご主人さま。これ以上の愛嬌を与えてどうするというのです!」
「どうする、って少しは面白いかもしれないだろう?」
「町にわたくしのようなカボチャのオバケをはびこらせても、人の心は変わりません」
「何故だ? 恐怖によって人の心は変わる、と教えたのはおまえだろう?」

「……恐怖にもイロイロあるのです」

 ジャックの困惑したような言葉に、俺は眉を寄せた。
「イロイロ? ややこしいことを教えるな。では、ほかに人の心を変えるものはないのか?」
「……あとは。愛情ですが……しかし」
 このご主人さまには、少々難しいかもしれない。
 と、ジャックは不遜にも考えたかもしれなかった。
「愛情、か……」
 魔法使いがポツリと呟くのと、城内に異変が起こったのはすぐのことだった。



 パン。

 と、張っていたハズの結界は何者かによって外され、城に侵入者があったことを知らせる。
(お遊び程度の結界だが……)
 ドドドドド、とそれはやってくると、扉を壊して入ってきた。
「みーつけた、みーつけた♪ イタズラ魔法使い、ナサニエル・ゴードン――ここで会ったが百年目! 覚悟しろってのよ」
 あっはっはっ!
 声高らかに長い赤髪の彼女は笑うと、ズビシ、と玉座に座ったままの彼を指差した。
(――さて?)
 ぼんやりと、ナサニエルはその見覚えのない女の顔に首を傾げた。
「ジャック、彼女は百年目と言ったか? 俺はそんなに長生きしたかな……しなかったでもないが」
 笑いはしないものの、明らかに面白がっている主人にでかいカボチャは低い声でたしなめた。
「ご主人さま、防御を――きますよ」
「分かってる」
 ――分かってはいるが。
 あえて、防御をしようとは思わなかった。
「この恨み、晴らさないでおくべきか! ノンノン、ありえないのね。子猫ちゃん」
 赤毛の巻き髪に緑の瞳をニンマリ、と気味悪く微笑ませて彼女は歌うように杖を振り、変身の魔法をかけてきた。

「にゃーん」

( おお、愛らしい鳴き声だ )
 と。ナーゴは、自分で自分の声に感動した。小さき生き物になるのは、何やら世界が広がった感じさえ与え、彼を長かった平穏から自由にした。
「ご、ご主人さま!」
 ジャックは、主人のその 愛らしい 姿に取り乱していたが。
「ご主人さま、ですって?」
 侵入者である粗暴な彼女はてくてくとやってくると、迂闊にもジャックに声をかけた。
 確かに。
 ジャックはどう見ても、でっかいカボチャだ。
 赤髪の彼女は、切々と語るジッャクの老練かつ流麗な言葉を聞くうちにだんだんおかしくなってきたらしい。いや、おそらくはかなりの笑い上戸だとナーゴは見た。
 ひーひー、とお腹を抱えて笑いだした彼女は、じつはジッャクが相当の魔物だとは思っていないらしい。
「ご主人さまの姿を変えた魔女のお名前を、お聞きしたい」
「ろ、ろじえった……じゃばんに……」
 すでに、罠に落ちている魔女は自分の名前をたやすく口にした。

「は……な……」

 信じられないと彼女は首をふって、ようやく落ち着いた息の下で呟いたのは呆然とした幼い、舌足らず。

「なん、でし?」

 自分で自分の声が信じられなかったらしい彼女は、床についた手を掲げて、その幼さに……。
「なっ、なっ、なんでしかーっ! コレはっ!!」
 絶叫した。


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 それから、ずっと続くロジーとジャックの追いかけっこ。
 ドドドドド、とやってきた足音は変わらぬ戸を叩く 音 で蹴破ってきた。
「ただいまでしー! ナーゴ」
「おかえり」
 なーん、と黒猫は窓縁から下りてすり寄る。
 今日の彼女は、手イッパイにたくさんの荷物を抱えていた。そして、後ろにはヘトヘトにくたびれた下僕二人。
 間違えた……クラスメート、二名が立っていた。
「オイ、魔女っ子!」
 ロイランド・マックフォート。愛称「ロイ」と呼ばれる茶色の髪にイタズラ好きそうな茶色の瞳の少年は、今はかなりの不機嫌モードだ。
 そして、
「な……わたしは魔女っ子じゃないでしよ……人聞きの悪い」
 モゴモゴとロジーが答えると、
「いや。魔女っ子さん、ソレ 全然 隠せてないから……」
 フィンシラ・セルジオ。愛称「フィン」と呼ばれる蜜色の髪に青い瞳の少年が呆れたようにロジーを見る。

 クルクルとした長い赤髪に緑の瞳、そばかすのある顔……はいいとして、古めかしい箒〔ほうき〕にトンガリ帽子はどう見ても御伽噺によくある魔女の風体だろう。
 しかも、足元には黒猫。
 と、ナーゴのところで二人の目が同じように止まる。
 出来すぎている。
「ぐぐっ! ナーゴが悪いでしか!! わたしは「魔女っ子」なんて呼ばれるのは心外でしっ」
 ズビシ!
 と、相棒のような黒猫を敵意マンマンに指差すと彼女は、高らかに宣言した。

「 わたしは、大魔法使いになるんでし! 」

「はいはい」
 と、二人の下僕あらためクラスメートは言った。
「なんでしか! そのやる気のない声は!!」
 ロイが持たされた荷物を広げて、今度のハロウィンの夜に仮装する布の類を広げると、その横でその布にほどこす針やら糸やらを準備する。
「つーか、魔女と大魔法使いの衣装の違いってナニよ?」
「うーん、さしずめ背丈じゃない?」
「ってーコトは、俺がAでおまえがBか?」
 何かを悟ったらしいロイ少年とフィン少年は仁王立ちでキャンキャン叫ぶロジーに目線をあげて、息をつく。
(仕方ないな……)と、思っているのかいないのか。複数の男を操る手管は、魔性の女並かもしれない。

 なるほどな。

 ナーゴは、想像して窓縁に戻った。
 一番下が茶色の髪の少年(A)で、真ん中が蜜色(B)、一番上で大魔法使いを演じるのは赤髪のロジー(C)なんだろう。



「とりっくおあとりーと!」
 黒猫ナーゴの想像通りにハロウィンの夜、ロジー演じる大魔法使いは近所の家を襲撃していた。
 真上に月が昇って、ナーゴは空を仰いだ。
「もうすぐ、ジャックにかけた魔法が解ける……」
「なんか言ったでしか? ナーゴ」
 肩に乗った彼に向かって彼女は、おおよそ去年のことなど頭にないのか、面前の収穫である甘いものに上機嫌で訊いてくる。「さあね」と答えて、ナーゴはヒラリと地面に下りた。

 あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。

 なんともおぼつかない足取りで夜の道をいく オバケ の姿を眺めて、(そういうとこも、可愛いけどね)と黒猫は「なーん」と鳴いてみせた。



おわり。

T EXT
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