ハロウィン企画2005.「舌足らずな魔女と黒猫になった魔法使い」


■ 「五つのお題」のサンプルです ■
この「舌足らずな魔女と黒猫になった魔法使い」は、
ハロウィン企画「五つのお題」を使用したサンプル作品です。
2005年のハロウィン企画用に書いた話というのは、
公然の秘密ということでお願いします。



「ジャック・ランタンの悪戯」


 いつものように、夜は明けて。
 いつものように、朝はやってくる。

 けれど、どんなに平凡でも同じ朝が来ることはなく、何かが 変化 しつづける。

 それは、たぶんよくあることだった。


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 『ニューマグリット』

 ロジーは半眼になって、やってきた初めての場所に足を下ろした。
 ピー、という汽笛の音とともに、彼女がやってきた方向へと走る汽車があった。『謝肉祭』の当日ということもあり、足を踏み入れた時から町は浮き足立っていた。
「おー、可愛い魔女さんだね」
 と、彼女を見た改札の駅員が言ったのでロジーは笑って……心の中では、それほど愉快な気持ちではなく、切符を渡した。
「どうもでし」
 この、舌足らずな喋り方が彼女には憎々しくて仕方なかった。
 体の大きさからは少し多きすぎる箒〔ほうき〕に黒装束、とんがり帽子に赤い巻き毛はまさに魔女の風体だ。
 てとてとと一緒に歩く黒猫も、普段ならとても目立つ組み合わせだったが……今は、祭りの騒ぎに溶けこんでしまっている。
「ロジエッタ」
「なんでし……ナーゴ」
「ここにヤツはいるか?」
「いるでし」
 ぷんぷんと匂う、不愉快なそれにロジーは顔をしかめて後ろを歩く黒猫を見る。
「おまえだって、分かっているはずでし。相変わらず、根性がわるいでしゅよ」
 黒猫ナーゴはてとてとと歩きながら、にゃーんと鳴いてロジーの抱える大きな鞄と肩に飛び最後にとんがり帽子のヘリに到着した。
「怖い顔するんじゃないよ、魔女さん」
 むむぅ、としかめっ面をしてロジーはとんがり帽子の上にいる黒猫に反論した。
「おまえがしょんなことを言うなんて、意外でし。史上最悪のイタズラしゅき大魔法使いのくしぇに」
 にゃーんと猫は笑って、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「このままでも、面白いじゃないか」
「面白くない!」
 キッ、と上目遣いで睨んでロジーは言った。
「ぜんぜん面白くないでしよ! あんの、馬鹿かぼちゃ。細切れにして蒸かしてパンプキンパイにして おいしく 食べてやるんでしっ。砂糖多めでねーーーッ」

「……太るよ?」

 帽子のヘリで、ナーゴは呆れたように呟いた。
 聞きとがめるロジーを無視して、ナーゴは体を丸めると(ま、太った君も可愛いと思うけどね)と目を閉じた。



「あ。いま、魔女が横切った?」
 白いシーツを頭からかぶったオバケが、隣のふさふさ尻尾の銀のオオカミ男に訊いた。
 銀色の髪に薄い青の瞳の少年は、オオカミの耳をつけた頭をかしげて付け牙をつけた口を困ったように曲げた。
「それ、ちょっと違うと思う」
「あ? なんで? だって、アレは魔女だったろ?」
「そうだけど……」
 確かに日の暮れた町を「とりっくおあとりーと!」と叫んで徘徊していれば、魔女と横切ることもあるだろう。けれど、問題はそれよりも先に横切ったモノだった。
「ねえ……アレって、かぼちゃ?」
「うわっ、オレが見なかったことにしたアレを持ち出しやがったな! フィンのバカやろうっ」
 がしっ、と胸倉を掴まれて至近距離で涙目になって訴える白いオバケに、オオカミ男はそんなこと言われても、と唇をすぼめて呟いた。
「あー、なるほどね。現実逃避だったワケか……ロイの」
「気づくの遅すぎだっつーの! アレは「かぼちゃオバケ」じゃない。「オバケかぼちゃ」だったねっ、ココ重要だよ。規格外じゃん。しかも飛んでたしすばしっこいしゴキブリかっつーのっ。聞いたか? 魔女の言葉――」

『待つでし! 大人しく、パンプキンパイになるでしーーッ』

「ゴキブリを喰う気かよ?!」
「いや、ゴキブリじゃないから」
 言葉の迷宮に入りこんだ友人に、銀のオオカミ男はつっこんで笑った。
 笑ってしまえる自分も十分変だと気づきながら、オバケかぼちゃと魔女が駆け抜けていった街路をふり返った。
 夜の道を照らす街路灯。
 それだけが、ぽつり、とそこに立っていた。



 逃げるパンプキンパイに業を煮やしたロジーは、帽子のヘリに掴まっているナーゴを引き剥がすと有無を言わさずに振りかぶった。
「こぉんのー、いい加減にするでしっ!」
 投げる。
「うっわぁぁあああ!」
 と。叫んだのは、ナーゴではなかった。
「お労〔いたわ〕しや、ご主人さま」
 顔も何もない巨大なカボチャが、よよよと体を震わせて頭上でとらえた黒猫を憐れんだ。
「嘆くな、ジャック」
 かぼちゃの上に乗ったナーゴは何事もなかったように着地をして、足元の彼(?)へとにゃーんと鳴く。
「コレはコレで、気に入っている」
「ご、ご主人さま……」
 もし、そののっぺらぼうな顔に表情というものがあったなら(順応性高すぎです)とでも書いていたかもしれない。
「それにだな……」
 ふいに声をひそめたナーゴは、かぼちゃにだけ聞こえる声で呟いた。
「彼女への呪いは、おまえにしては機転がきいてる」
 くくく、と笑う黒猫に半眼になったロジーが近寄ったかと思うと、むんずと首根っこを掴んで言った。
 ぶらん、と吊り上げられる。
「ホラ、馬鹿パンプキンパイ! あんたの だーいじゅな♪ ご主人しゃまを元に戻したかったら、わたしへの呪いを早く解くでしよっ」
 踏んづけて威圧する舌足らずな魔女に、かぼちゃはジリジリと後退した。
「こんなんじゃ、まともに呪文も唱えなれないでし!」

『 去れ 』
 猫が合図するのと、ロジーが踏んづけていたかぼちゃが忽然と消えるのはほぼ、同時。

んなっ?!

 いきなり足元が消えたロジーはきょろきょろとあたりを見渡して、忌々しそうに拳を握った。
「どこ、行ったでしかーーーーッ! わたしのパンプキンパイ!!」
 ギッ、と手にぶら下げた黒猫を一瞥すると、「使えないご主人しゃまでしね」と手荒く放り投げた。
 すとん、と身軽に地面へと着地した黒猫は、てとてとと歩きはじめた魔女のあとを追う。
「ロジエッタ。役に立たなくて、悪いね」
 ふり返るロジーの目は、着いてくる黒猫を映して胡散臭そうに肩をすくめた。
「……ま、いいでし」
 呟くと、どうせあのオバケかぼちゃは近くにいると 確信 した。


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 黒板の前に立った少女を見て、ロイとフィンは顔を見合わせる。
「 魔女だ 」
 と、ロイが呆然と呟くと「ロジエッタ・ジャバンニ」と名乗った赤い巻き毛の少女は「な、なんのことでしかっ」と誤魔化すことなど到底不可能な 聞き覚えのある 舌足らずな言葉で白〔しら〕をきった。
「あーあ、馬鹿だねえ」
 くわ、と教室の窓の外で日向ぼっこよろしく丸くなったまま、ナーゴは言った。

『これから 一年 、ここに世話になるっていうのに――最初からこの調子じゃ、前途多難だよ? ロジエッタ』

 ロジーにだけ聞こえる言葉を紡ぐと、向こうからきゃんきゃんと吠える声が返ってくる。
『うるしゃいうるしゃい! まさかあんたじゃないでしね?! ナーゴ』
『なにが?』
『あの、オバケかぼちゃに「 変身 」の呪いをかけたのでし!』
 ぴくり、と耳を立ててナーゴはにゃーんと笑った。
『さあ?』

『まあ、わたしに「変身」の呪いをかけられたあんたがしょんなことをしゅるワケがないでしけど……』

 そんなことをすれば、己が自身にかけられた呪いを解くことができなくなる。
「そういうとこが可愛いすぎるよ……ロジエッタ」
 目を閉じて独り言を口にする黒猫は、この学校の倉庫でハリボテとして眠っている巨大かぼちゃに 期限付き の呪いをかけた張本人だった。
 あと、一年すればかぼちゃはまた、もとの姿に戻る。
 けれど、たぶん彼女は大人しく期限を待つ気はないだろう。

 転校早々に「魔女だ、魔女だ」と騒がれるロジーに、ナーゴは喉をゴロゴロと楽しげに鳴らした。



おわり。

T EXT
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