SS‐3.蓮王視点−決裂、そして継承−

■ 本編「太陽の幻」の番外SSです ■
この「蓮王視点」は、本編2-5「決裂」から2-6「継承」にかけての蓮王視点のお話です。
本編既読後のご覧をオススメします。


 彼女の倒れている姿を見たとき、身が竦む想いがした。

 藍閑の兵どもが、土煙を立てて東方へ去っていくのを目の端で確認して、すぐにでも彼女のそばに駆け寄りたいと思いながら、その足は馬上から地へと着くと意思とは違うところへ向かう。
「申し訳ありません、蓮」
 膝をついた紅に、蓮は苦笑いしそうになる。
 笑う場面ではなかろうが。
「何に対する謝罪だ? 俺の名を騙〔かた〕ったことか、それとも俺に黙って玉妃を泳がせたことか」
 抑揚のない言葉で笑いを噛み殺すと、ふんと鼻を鳴らして「馬鹿らしい」と悪態をついた。
「どちらもおまえの非ではない。俺の怠慢だ」
 そう、俺がもっと王としての気概があったなら、客観的に玉姫の様子を観察しただろう。
 しかし、彼女を観察することなど蓮にはできなかった。
 彼女に心、奪われる。
 時に非情な決断力を必要とする「王」としては、致命的な欠陥。
 血の色の目をすがめて藍閑の地平線を睨んだ蓮は、吐き捨てるように呟いた。

「それに。俺がやるより、王の役はおまえの方がうまいだろうよ。紅」

 それは、蓮の心からの言葉だったが、紅の目を見たら口にすることはできなかった。
「蓮、私が今、何を言いたいか。解かりますか?」
「ああ、いや……なんとなく。だが?」
 盛大なため息をつかれて、蓮はどうしたものかと頭をかいた。
 たとえ、その致命的とも思える足かせが自身を脅かそうとも構わない、――この命を彼女になら、喜んで捧げるだろう。
( こんなことを口にすれば、彼女を「助けなければ良かった」とさえ紅〔コイツ〕なら言いかねない )
 それだけは、困る。
 だから、蓮はそ知らぬ顔で「悪かった」と謝罪して、彼の労をねぎらった。



 そして、横たわる玉妃の傍らにやってきて一通りの触診を終えたらしい銘子〔めいず〕の言葉を待つ。
 侍女頭であり、医学知識……特に、妊娠・出産に関しては自らも豊富な経験をもつ彼女は、ふかい息をつくと、王へと視線をあげて頷いた。
「まったく、驚きましたわ。馬に乗ってここまで駆けてきておいて、無事でいらっしゃるなんて」
「では――」
 こくり、と銘子は肯定して肩をすくめた。
「出血の形跡はありません。容態も意識はありませんが、安定していますので大事ないでしょう。とは言え、油断はできません。速やかに王宮へ連れて帰るのがよろしいかと……もちろん、できるだけ静かに運ぶのですよ? 王」
「ああ、了解した。面倒をかけるな……銘子」
 暗に感謝を仄めかせて蓮は、玉姫へと膝を折ってその肩と膝に腕を廻した。
 ぐっ、と彼女の身体を軽く持ち上げると、最中ずっと脇に控えて頭を垂れていた鳳夏の商人の長である二人に短く、告げた。

「 礼を言う 」

 ただ、それだけを。


     *** ***


「 そばにいて……ずっと 」

 泣きじゃくる玉姫を抱いて髪を撫で、その長い黒髪に頬を埋めて蓮はようやく理解した。
「なるほど、体に訊いて分かることもあるってことか。気をつけよう」
 普通ではない始まり方をした二人だから、「夫婦」となった今でも……どこか不安だった。脆く崩れやすい場所に立っている。蓮だけでなく玉も、想像したのかもしれない。
 今回の騒動は発端でしかないと――。


 唯一の救いは……これ以降、商人たちがやけに友好的になったことだったが、理由は判然としない。



・・・fin.

T EXT
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