SS‐2.藍閑王と諜報員A

■ 本編「太陽の幻」の番外SSです ■
この「藍閑王と諜報員A」は、本編1「紅蓮」直後、本編2「太陽の幻」の発端となる藍閑側のお話です。
本編既読後のご覧をオススメします。


 旅装を解くと、女は男になった。
 長い一枚布で頭をすっぽりと覆い、目だけを覗かせる服装は藍閑のひとつの正装である。その特異なスタイルは、男女の区別をつける装飾に頼っているため、人の目を欺〔あざむ〕きやすかった。
 女装を解いた細身の男は、胡坐〔あぐら〕をかいて座ると深々と額を床につけた。
「王よ、遺憾ながらお察しの通りでございました」
 玉座に座る藍閑王・黄貴は煌びやかな刺繍の施された一枚布の衣装を纏〔まと〕って、目だけを細めた。
「……いかがいたします?」
「私に意見を仰ぐな。必要なら、言う」
「 は! 」
 男は平伏して、以降口を開かなかった。

「屈の冷酷王……か」
 沈黙のあと、静かに黄貴が口にしたのはそんな言葉だった。
 唇をなぞって、間諜役の男へと命じた。
「今まで通り、潜伏を――あとは、国境の攻撃を止めておけ」
「はっ」
 平伏した男は、疑問を抱いたかもしれなかったが口にはしなかった。
 その王の唇に微笑を認めたからかもしれなかったし、あるいは口にしたとして答えが期待できる王ではなかったからかもしれない。
「ふっ……案外、優しいのかもしれないな」
 それは、人としての評価としてはいいが、王としてはあまり褒められたものではなかった。優しさは、政情において敵につけこまれるのが定石だからだ。
 商人の死を公にした屈の王を嘲笑う。
 人の心とは、厄介な代物だ。
 商人の死は、鳳夏の商人に疑念を抱かせるだろう。それが、藍閑の間諜だと報〔しら〕されずに……一方的に拒む。
( そうなれば、好都合なのだが )

 と、黄貴は目を細めて男に下がるよう命じた。



・・・fin.

T EXT
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